2023年01月18日

2022年日帰旅(10/14加西市花施設)150 フラワーセンター 入場通路

 秋の花を見に行きたくなりました。淡路島とか花の文化園は春にいったので、また別のところと考えていました。町中にあるものは車では混雑するし、電車でというにはまだ抵抗があります。そこで思い出したのが、兵庫県加西市にあるフラワーセンターです。ここなら、中国道を車で走って加西までいけばすぐです。
 最近ツアーで戦争遺跡の鶉野飛行場跡をめぐるというのを見たことがあります。これがある場所もすぐ近くです。他に、ウェブで地図を見ていると、コスモス畑もあるようです。ちょっと離れていますが、フルーツフラワーパークというのもいいでしょう。とりあえず、飛行場跡とコスモス畑とのセットで考えます。
 問題が一つあって、工事のために中国道はしばらくの間通行止めになっています。遠回りになりますが、新名神経由でいくことにします。旅行日は10月14日としました。
 14日は加西ICで中国道を降りて南下していきます。途中に農協の直売所があったので寄っていきました。前に設置された小屋でおにぎりが販売されていたので、買って行ってセンターで食べることにしました。ここのおにぎり屋は人気があるのか長い列ができていました。
 ここからはフラワーセンターまではすぐです。駐車場に車を入れて入園料を支払って中に入ります。ここでGPSロガーを車に置き忘れたことに気がつきました。園内は梨で回ることにします。入場ゲートをくぐって振り返って見たゲートです。右側では花苗が売られています。帰りに見ることにします。
加西フラワーセンター 入口

 ここからの通路の両脇はダリアの花が咲いています。
加西フラワーセンター ダリア

 左奥には、風車があってその前が花壇になっているようです。
加西フラワーセンター 風車

 道脇のダリアを見ながら進んで行きます。
加西フラワーセンター ダリア

 これは黄色いダリアです。
加西フラワーセンター ダリア

 カンナの花も見えます。
加西フラワーセンター カンナ

 ダリアの花です。いろいろな色のものがあります。
加西フラワーセンター ダリア


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2023年01月15日

2022年日帰旅(09/14三木市淡山疎水)149 三木市中瀬橋

 御坂サイフォンの反対側を見ていません。それと、橋の上から下流側に潜水橋が見えていました。潜水橋からはめがね橋が見えるかも知れません。これらを確認してから帰ることにします。
 まず、御坂神社の裏手に回り県道へ出ます。県道から山手をみると大きな木がなく溝のようになっている一画があります。その下の方を見ると鉄管が見えます。これが淡山疎水が山を下ってくるところにある鉄管のようです。
三木市御坂サイフォン

 御坂サイフォンを右岸にわたりきった所から川沿い下流側に川原の方に下りて行く道があります。ここから潜水橋の方に行くことができます。道の途中から振り返るとめがね橋が見えます。こちら側からだと古い橋は新しい橋の向こう側になって見えません。
三木市御坂サイフォン

 前方には潜水橋が見えています。中瀬橋というようです。
三木市御坂中瀬橋

 中瀬橋のたもとから橋のようです。
三木市御坂中瀬橋

 中瀬橋の上からめがね橋を見たところです。新しい方の橋はよく見えますが、古い方の橋は見えません。
三木市御坂めがね橋

 橋を渡りきったところから、上流側川原のようすです。岩盤が平らに露出しています。神戸層群の地層なのでしょう。この付近には甌穴はできていないようです。
三木市御坂淡河川

 橋を渡りきったところから橋をみたようすです。橋はもっと広いものを作ろうとしたのでしょうか。取り付け部分は広くなっています。この付近の川原は広いのですが、両岸は切り立った崖になっています。
三木市御坂中瀬橋

 坂をあがって、車まで戻りました。車での帰りはしっかり無人販売所の前を通って買い物をしています。その後すんなり帰れると思ったのですが、中国道が緊急工事とかで中国豊中ICの近くで1車線規制になっていたので高速道路だけで2時間以上かかってしまいました。これだと地道の方が早かったかも。

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2023年01月14日

2022年日帰旅(09/14三木市淡山疎水)148 三木市 御坂神社

 御坂サイフォンの反対側が気になります。といっても御坂サイフォンは橋の部分だけを指していっているような気もします。とりあえず今いるところから反対側を見てみます。先には鳥居があって少し大きな神社があるようです。めがね橋からは通りが1本ずれていますから、サイフォンはこの左側を通っていることになります。
三木市 御坂神社 鳥居

 神社は、御坂神社といいます。いってみました。
 鳥居をくぐって正面に舞台のようなものがあり、神殿はそれにさえぎられて見えません。こちらは裏口のように見えますが、他に鳥居のある入口はありませんから、正面口なのでしょう。
三木市 御坂神社

 拝殿です。屋根に千鳥破風がつけられています。前に単純な形をした四脚門があります。
三木市 御坂神社 拝殿

 狛犬です。こちらは阿形です。文化4○○年と彫られています。○○は丁卯のように読めます。
三木市 御坂神社 狛犬

 拝殿左側にある木です、葉の形からイチイとみていました。樹型や樹皮はクスノキです。ご神木はクスノキですから、クスノキなのでしょう。奧にあるイチイの木の枝がかぶっていたようです。
三木市 御坂神社 クスノキ

 右側にも大木があります。こちらはまちがいなくイチョウでしょう。
三木市 御坂神社 イチョウ

 入口からの道をふさいでいる建物です。舞台なのか土俵なのか。高さからすると舞台なのでしょう。
三木市 御坂神社 舞殿?


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2023年01月13日

2022年日帰旅(09/14三木市淡山疎水)147 三木市 御坂サイフォン

 気になっていた「御坂サイホン」を見いくことにします。加古川水の新百景には「御坂神社の前を流れる志染川の清流にかかる眼鏡橋の別名です」と書かれています。サイフォンの近くには車を駐められそうな所は御坂神社前以外にありませんから、車はこのまま置いておいて、自転車で行くことにします。川沿いの道に出てそのまま進んで行った先、川を渡るところにあります。
 途中に農産物無人販売所がありました。買おうと思ったのですが、財布を置いてきているのと、持ち歩いてまわるのは不便ということで出直すことにしました。
 適当に自転車を走らせていると、左側に御坂サイフォンが見えてきました。
三木市 御坂サイフォン

 この道の反対側を見ると、山の斜面を降りてくる鉄管が見えました。これは防災公園野球場の横で上から眺めていた鉄管を下から見ていることになります。
三木市 御坂サイフォン鉄管

 鉄管の先はこの道路の下を通って、御坂サイフォンに続くことになります。めがね橋というのは鉄管を乗せるために作った橋の形から来ています。
 鉄管のさらに先は対岸の山の斜面を登っていくことになりそうです。その形はサイフォンの原理のU字管そのものです。御坂サイフォンというのはまさにサイフォンの原理のことをいっていたようです。同じようなもので有名なのは熊本県の通潤橋でしょう。こちらは石と漆喰だけで作られているので大きな水圧がかかるため落差はそれほど取れなくて、そのぶん橋桁が高くなっています。
 御坂サイフォンは、淡河川疎水の一部といえます。6kmほど淡河川上流から淡河川右岸に沿って引いてきた水を、ここで川越えをさせるために作られたものです。左岸側は深い谷がたくさんありますからこちらの方が苦労しそうです。淡山疎水というのは淡河川疎水の地元での呼び方だそうです。
 めがね橋を渡ります。橋の上から上流側です。淵になっていますが、ここから川は分岐し左が淡河川、右が志染川になります。山田川というのがあるようですが志染川のことのように見えます。両岸が切り立った崖になっていますからこちらからは橋をみにくそうです。
三木市 御坂淡河川

 下流側です。水は勢いよく流れています。
三木市 御坂淡河川

 橋を渡りきって振り返って見たところです。看板の先が鉄管の通っているめがね橋で、その横に通行できる新しい橋が作られています。左側が上流側になります。
三木市 御坂サイフォン橋

 どちらかというと古い橋の方を見たいので渡って右側から川に近づけるところを探します。広場のようなところがあったのですが、ここからは完全に逆光になっています。太陽光が入ってこないところを探すと、間に木が入ってくるこの場所しかありません。
三木市 御坂サイフォン橋

 手とフードでかくそうとしたのですが、ちょっと無理がありました。
三木市 御坂サイフォン橋


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2023年01月08日

2022年日帰旅(09/14三木市淡山疎水)146 三木市 志染の石室2

 志染の石室に降りてくるときに2つの建物が見えました。手前側のものは石室前に作られた休憩用の東屋のようです。もう一つは何なのかよくわかりません、賽銭箱が置かれていますからお寺か神社に関係したもののようです。石室にいた二王子の関係なら神社になりそうですが、どちらかというとお寺っぽい感じがします。脇には石仏がたくさん並んでいます。手前側のものが新しいようです。
三木市志染石室 石仏

 建物です。どちらかというとお寺関係でしょうか。
三木市志染石室 社?

 左側にも並んでいます。こちらは一列です。
三木市志染石室 石仏

 窟屋前の広場の奥にも、池があります。ふきんで水が湧き出していてたまっているように見えます。
三木市志染石室 池

 さらに奥へと道が続いています。階段になっていて登っていくとさらに大きな池が見えてきました。この池は、川の流れをせき止めてできたもののようです。あがった場所は堰堤のようになっています。
三木市志染石室 ため池

 この横に坂を登って行く道があり、あがると別の道に合流しました。二股に分かれていた右側の道の続きでしょう。ここを引き返すと車のところまで戻れそうです。この道を通って戻ることにします。
 途中、木々の隙間から窟屋前の広場が見えていました。とするとこの先はオーバーハングした崖ということになります。落ちたら大変です。近寄らないことにします。
三木市志染石室

 そのまま進んで行くと、道一面にヌスビトハギが生い茂っています。種がくっつかれたら取り除くのに苦労します。元来た道から戻る方がよさそうです。ほんのちょっとのことですが、大きく迂回することになります。
 戻りながら崖を上から見ていると大きな溝が見えました。ここから崩れ落ちていないといいのですが..。
三木市志染石室 地割れ?


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2023年01月07日

2022年日帰旅(09/14三木市淡山疎水)145 三木市 志染の石室1

 淡河川疎水の先が気になりますが、そこへ行く途中に、窟屋の金水・志染の石室(しじみのいしむろ)というのがあります。これは加古川新水の百景の129番に載せられています。ここをのぞいてからいくことにします。
 志染の石室へは、三木東ICの方に戻り、川を渡る前に右折して川沿いの道にはいり、少し進んだ所で山の方に入る道を進んだ所に駐車場があります。
 駐車場に車を入れて、石室の方に向かいます。駐車場の角にはお地蔵さんがいます。その横の看板もお地蔵さんです。どういう縁があるのかは不明です。石室の入口は奧の柵に入っていったところにあります。
三木市 志染石室 地蔵

 柵はイノシシ対策のために作られたものです。開けて入ってくださいということですから入っていきます。もちろん通った後は閉めることになっています。写真撮影のために一時的に開けています。
三木市 志染石室 入口

 進んで行くと薄墨桜が植えられていると書かれていましたが、どれかわかりませんでした。さらに進んで行くと道が2つに分かれます。案内がないので迷いますが、左側の下っていく道を少しだけ進んでみると、建物が見えてきました。こちらと判断しそのまま進んで行きます。
三木市 志染石室 遊歩道

 建物の向かい側、石柵の向こう側に崖が奧に窪んだところが見えます。これが志染の石室になります。履中天皇の皇子が暗殺されたときに、その子である皇子二人がしばらくの間ここに身を潜めていたということです。
三木市 志染石室

 窪んだところには水がたまっています。冬(春と書かれている資料もある)になると発生した藻によって金色に光ることから窟屋の金水といわれているそうです。最近では、水質の変化で光ることはなくなったようです。
三木市 志染石室 窟屋の金水

 別の角度から見たものです。
三木市 志染石室 窟屋の金水

 壁面の岩石です。神戸層群の細レキ岩です。ここから浸みだした水がたまっているように見えます。
三木市 志染石室 岩石


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2023年01月06日

2022年日帰旅(09/14三木市淡山疎水)144 三木市 防災公園淡山疎水

 今いるところは、三木総合防災公園というところです。防災公園というわりには、スポーツ施設しか見当たりません。災害があったときに何かに使われるのでしょうか。それらしい建物としては、防災科学技術研究所のeディフェンスという施設があります。他に兵庫県広域防災センター消防学校と赤十字社災害救護支援センターもあります。それにしても、これだけでは、看板倒れのような気がします。競技場は、災害時の避難所や仮設住宅用地などとして使われるのでしょうか。
 eディフェンスでは建物の耐震実験ができます。地学関係者としては見ておいた方がいい施設の一つですが、コロナ感染症の流行で予約しないと見ることができません。今日は、何時にこれるかはっきりしなかったので申し込んでいません。またの機会に寄ってみようと考えています。
 防災公園を航空写真で見ていると、ふしぎな水路が見えました。調べてみると淡河川疎水といって、明治時代にここから北東7kmほどのところにある淡河(おうご)川から水路を引いて、南西側の加古台地に水を供給するために作られたもののようです。
 水路がはっきり見えるのは、陸上競技場と球技場の間です。車を駐めたところからは、道路をまたぐ橋を渡って真っ直ぐ行ったところにあります。自転車で向かいます。再び自転車通行禁止と書かれていますが、レンガ色に塗られたところが乗れないようなので、違う色の道をそのまま乗っていきます。少しいったところで、左側広場の向こう側に水路が見えてきました。坂とかがありますから自転車をおいて見にいきました。
 水路の東側方向です。こちらから流れてきているはずですが流れははっきりしません。
三木市 淡河川疎水

 反対側です。この先は草に埋もれているようです。暗渠になっているのでしょうか。
三木市 淡河川疎水

 自転車の所まで戻ってさらに進んで行くと、水路の方位に分岐している道がありました。自転車は通行禁止なので、先回りしてそちらから見に行くことにします。
 道を進んで野球場の方に行きます。いったん下り坂になって道路を横断します。野球場を時計回りに入った所に、坂を登る道があります。自転車ではきついので、坂の下に置いて登っていくことにします。
 坂を登り切ったころに水路が見えます。左側は下流側になるはずです。右側は斜面になっていて、鉄管が一本通っています。上流側が低くなっているという奇妙な光景です。
三木市 淡河川疎水

 水路に沿って進んで、振り返って見たところです。水路の先が急斜面でなくなっているのがわかります。水路にある柵のところから、水が下っていくというのならわかるのですがそうでもないうようです。といっても、水が動いている気配はありません。少なくとも向こう側に流れているのではなさそうです。
三木市 淡河川疎水

 水路の反対側です。水路に架かる橋の上から見ています。
三木市 淡河川疎水

 横に道がついていてこのままい進んで行くことはできますが、自転車を置いているのでまた戻ってこないといけません。ここで自転車の置いてあるところまで引き返すことにしました。
 水路はこの先にはなさそうなので、車の所まで戻ることにします。途中、野球場前の道路を横断するときに、道路をまたぐ橋が見えます。位置から考えると先ほどの水路はこの上を通っているはずです。
三木市 淡河川疎水

 水路の水がどこから来るのかについては、次の機会に解説することにします。

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2023年01月05日

2022年日帰旅(09/14三木市淡山疎水)143 三木市 防災公園どっこいさん

 8月に三木市にある秀吉本陣跡を訪れたときに予定していた場所で、体力不足で次回チャンスがあればということにしていた場所があります。その機会は意外と早くやってきました。それほど時間がとれませんが、見にいくことにしました。
 加古川水の新百選によると、三木市の旧志染町付近に御坂サイフォン(めがね橋)というのが書かれています。130番目です。唐突にサイフォンなんてでてくると気になってきます。「サイフォンの原理」の「サイフォン」なのでしょうが、関連が不明です。近くでは他にいくつか書かれています。三木市の観光案内サイトでもいくつかあります。これらをまとめてみにいくことにしました。
 最初に向かったのは、三木総合防災公園です。山陽道三木東IC前から県道を南下し美嚢川を渡った先にあります。西側の入口から入りUターン気味に進んだ所に駐車場があります。他にもいくつかありますが、ここに入れることにしました。
 ここからの予定は長いので、自転車で回ることにします。坂道がありますから、サドルを少し高めにして出発です。前回はサドルが下がってペダルが重すぎました。
 自転車に乗って目的地方向に向かい始めたところで、すぐに自転車走行禁止の看板がありました。せっかくなのに役に立ちません。戻ってくるので置いておくこともできますが、押していくことにしました。ここからは緩やかな下り坂です。
三木防災公園

 道脇の草地を見るとヒガンバナのつぼみがでていました。そういえばまもなくお彼岸ですね。
三木防災公園 ヒガンバナ

 目的の場所に着きました。六地蔵というのが正式名称ですが、普通はどっこいさんといわれているようです。語源ははっきりわかりません。石の表面に仏さんが彫られていて、下部に6人並んでいることから六地蔵と呼ばれるようです。他にもたくさんいますが、彫りが浅く風化して形のはっきりしないものもあって、全部で何人なのかはっきりしません。
三木防災公園 どっこいさん

 彫られている石自体は、横に円墳があることから、この石室の天井かフタに使われてものと考えられているようです。古墳も復元されています。手前側の台形の石がどっこいさんです。
三木防災公園 どっこいさん

 反対側にまわると、石室の跡(石室への通路?)がはっきり残っています。
三木防災公園 どっこいさん

 戻る途中で離れたところから見た円墳です。看板の左側がどっこいさんです。円墳はこの北側600m離れたところにあったものが、道路整備の関係でこの場所に移転されたそうです。
三木防災公園 どっこいさん

 戻る途中で、モンキチョウが飛んでいましたので追っかけて写しました。
三木防災公園 モンキチョウ


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2022年12月22日

2022年日帰旅(08/08小野市向日葵)142 三木市秀吉本陣跡 大手口

 秀吉本陣跡を歩いていて、1つ困ったことがあります。暑さに参っているのもありますが、それ以上に頭のちかくまでよってきて、周りをぐるぐると飛んでいる虫がたくさんいます。振り払っても次から次へと来るので結構うっとうしいのが困りものです。
 アブだと思っていたのですが、これは清流の近くにしかいないし、暑い昼間は動かないということで違うようです。それなら噛まれた跡が何日もかゆくなることはなさそうです。調べてみたところメマトイという虫のようです。目の中に入ってきて眼球にある水分を吸うとか、これもやっかいです。
 道は、普通の山道になっています。特にこれといって変わったものは見当たりません。
三木市秀吉本陣跡 山道

 途中に看板があって、この先大手口と書かれています。いっしょにある地図を見ると、下り坂を下りていかないとたどり着けないようです。また登ってこられるか、体力的にわからないので、先には進まず戻ることにしました。ここまででおしまいです。
三木市秀吉本陣跡 山道

 来た道を戻っていると、低くなったところが平坦になっていて、真ん中に説明板のような物があります。これくらいの高さの斜面なら何とかなるだろうということで行ってみました。
 書かれていたのは、谷を埋めて作られた曲輪ということです。他の所は斜面を削って作っていますから、ここはだいぶ広くなっています。何か主要な施設でもあったのでしょうか。
三木市秀吉本陣跡 曲輪跡

 上にあがってから見たようです。登り口にあったものに比べてかなり広いことがわかります。
三木市秀吉本陣跡 曲輪跡

 この後は、来るときにみた物以外に目新しいものがないので記録は残っていません。そのまま駐車場まで戻っています。
 さらに時間があれば行こうと考えていたところがあるのですが、暑かったせいで、歩き回る気力があまり残っていませんからそのまま帰ることにしました。調べていたところは次回まわしということになります。さらに、三木城はどうなっているのかも気になります。これも次回機会があればということになりそうです。
 途中淡河の道の駅によって休憩しています。ついでに2〜3買い物もしました。道の駅からは川向こうに淡河城趾とかかれた建物がみえています。他にも本陣跡とかがあるようです。このあたりも次回以後寄ってみてもよさそうです。
三木市 淡河城趾

 この先のICから中国道を通って帰ってきました。途中渋滞しているとでていたのですが、流れが悪くなっている程度で、それほどロス時間もなく帰りつくことができました。

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 この日は、昼をひまわり公園で食べるつもりで出かけていました。前の農産物直売所で弁当のような物を買えればということで寄っています。
 商品を選んで、レジで支払いをしているときに、食べた後の弁当がらを処分してくれないかと聞いてみました。返答は公園内はゴミ箱がありませんからお持ち帰りくださいということでした。そのような事はわかっているので聞いたのですが、こちらでは処分しませんという意思表示とみてそのまま引き下がってきました。もともと処分してくれればラッキーという気持ちでしたから。
 公園内にゴミ箱が置かれていないというのはよくあることです。自然の中では持帰りが原則です。販売店が商品を利用した後にできるゴミを処分しないというのも、持帰りが前提ならば特段問題が無いでしょう。
 よくいわれるのが、観光客の出すゴミの問題があります。京都の錦小路や大阪の黒門市場で売られている食べ物が食べ歩いた後、串や包装紙をポイ捨てされた結果周辺にゴミが散乱するという問題が発生しています。最近では、コンビニで売られている食品から出るゴミが近所にポイ捨てされて毎日掃除しないといけないので困っていると話を聞いたこともあります。
 もちろん悪いのは、ポイ捨てする人なのですが、これほどになってくると販売者側にも責任の一端はあるような気がしてきます。だれだって、ソースのべったりついた紙をカバンに入れて持ち帰りたくはありませんね。ひまわり公園レベルでは持ち帰るのが普通でしょう。でも錦小路や黒門市場との線引きはどこなのかというと迷うところです。
 でも、はっきり言えることが1つあります。最初に直売所に入ったときは、荷物になるので余分なものは買っていません。帰りに寄るつもりでいました。ここで、ゴミが持ち帰りとなったことで、そのまま寄らずに次に向かっています。ここで、ゴミを処分してくれるとなっていたら、立ち寄ったついでに何かを買って帰った可能性は非常に高かったということはいえます。現に、その先によった淡河の道の駅では買い物をしています。どちらも同じような商品が売られています。ちょっと儲け損なったのかも知れません。


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2022年12月21日

2022年日帰旅(08/08小野市向日葵)141 三木市秀吉本陣跡 主郭

 太閤道を進んでいくと、右側に2〜3mほど高くなったところが見えてきました。道と直角方向に細長く伸びています。土を盛ってできた土手のようにみえます。地図には、このあたりに主郭があってその周囲を土塁が取り囲んでいるとかかれています。みえてきたのはこの土塁なのでしょう。
三木市秀吉本陣跡 主郭

 土塁に沿って奥に入っていきます。説明書にはここから三木城が見えていたと書かれています。
三木市秀吉本陣跡 主郭

 土塁に沿って進んだのですが、木が茂っていて景色は見えませんでした。展望台のような物もあるのですが、土台か踏板が腐敗しているのか立入禁止になっていました。結局、そのまま土塁の反対側まできてしまいました。
三木市秀吉本陣跡 主郭

 途中に棒のような物が建てられているところがありました。三角点の測量用の標識かと思ったのですが、調べてみたところここには三角点はありません。形も違うようです。古い写真には、ここに秀吉本陣跡の幟が立てられているのが載っていました。その支柱だけが残っていたのでしょう。
三木市秀吉本陣跡 支柱

 さらに太閤道に沿って進んで行くと、こんどは左側に土を盛ったような高まりがみえてきました。主郭の土塁よりは高くなっています。横にあった説明では、櫓台状の土盛りと書かれていました。ところで気になっているのですが、秀吉はどこで寝泊まりしていたのでしょうか。
三木市秀吉本陣跡 櫓台状土盛

 さらに進んで行きます。こんどは右側に土塁のような物がみえてきました。地図には土塁が書かれていますが、説明はありません。何かの施設があったのでしょうか。
三木市秀吉本陣跡 土塁



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