神籠石で囲まれた城のようなものを神籠石式山城というようです。日本書紀などに記載がある朝鮮式山城と呼ばれるものと似ています。鬼ノ城は、発掘によりかなりのことがわかってきました。これだけはっきりしてくるとどちらの名前で呼べばいいのでしょう。現地では朝鮮式山城といっていました。
先に進んで行きます。道は石垣から離れ林の中に入っていきます。第五水門と書かれている場所に出ました。説明板があります。内容と目の前に見える景色と重なりません。土手のようになっているこの部分が水門跡でしょうか。

土手に向かって水路があると書かれています。この林の中に見える窪地がそうでしょうか。木が多くてよくわかりません。

こちらにも別の土手があります。横切って水路のようなものも見えます。

結論です。遊歩道になっている所が一段と高くなってまっすぐ続いています。これが水門を作っていた土手でしょう。奧にある貯水池の土手はやっぱりわかっていません。

更に進んで行きます。花こう岩の切り立った岩が見えてきました。人工的に削ったようにも見えます。石垣の石はここから切り出されたのでしょうか。それにしては削られた部分が小さすぎます。

岩の下を見ると。石英の脈がありました。このようなところで、水晶が見つかることがよくあります。

更に進んで、鍛冶工房跡というところにつきました。鍛冶に使った炉の跡がいくつか見つかっているようです。炉6というのだけが看板で場所が示されています。他のはどこにあったのだろう。

続く..........