2020年05月13日

東北北回り 41 8/28 つがる市 亀ヶ岡遺跡

 今のところ、次に目指しているのは、亀ヶ岡遺跡です。だいたいのコースはわかっていますが、念のためにカーナビに案内してもらうことにします。
 鰺ヶ沢町をぬけてつがる市に入ります。このあたりからは、津軽平野の中になります。岩木山を回るようにして流れてきた岩木川が作った平野です。上流部は1昨年に白神山地のブナ林を見学した場所になります。
 津軽平野は西海岸に砂丘が発達しています。その内側はたくさんの沼のある低湿地になっています。岩木川は海に流れ込むことができず、延々と北上を続け、北端の十三湖で海に流れ込むことになります。
 右側には、八甲田山が見えています。よく見えるところで、車を止められそうな所まで来た時には、山に雲がかかっていました。
津軽平野から八甲田山

 亀ヶ岡遺跡に到着です。しゃこちゃん広場と書かれています。ここから出土した遮光器土偶の最初の三文字を取った愛称のようです。奧にある建物は、簡易展示場になっています。2−3資料をいただきました。
つがる市亀ヶ岡遺跡 しゃこちゃん広場

 遮光器土偶の形をした石像が作られています。この形の土偶は、教科書に載っていたのは覚えています。名前が違っていたような気もします。遮光器というのは、雪面での反射など、まぶしい光を弱めるために、目の前につけるスリット状のめがねのことです。
つがる市亀ヶ岡遺跡 遮光器土偶像

 遮光器土偶のでた場所です。このあたりの谷は、いらなくなったものの捨て場所となっていたようで、いろいろな土器などがたくさん出てきたようです。残念なことに、遮光器土偶のでた場所は正確にはわからないとのことです。
つがる市亀ヶ岡遺跡 遮光器土偶出土場所

 この付近の全景です。高くなったところの上に、縄文時代の住居跡や墓などの遺跡があります。
つがる市亀ヶ岡遺跡 遮光器土偶出土場所

 亀ヶ岡遺跡は石器時代のものです。遮光器土偶は縄文時代の終わり頃のものです。なんとなく時代が一致しないような気がしています。もらった資料の中に、近くに展示施設があってそこへの行き方も書かれていたのでいってみることにしました。何かわかるかも知れません。
 曲がりくねった狭い道を進んだ行き止まりにあったのが、亀ヶ岡縄文館です。大溜池の縁にあったようです。
つがる市亀ヶ岡縄文館

 展示室のようすです。出土した石器や土器などが並べられています。ほとんどが個人寄託品と書かれています。発掘が始まる前に、農作業の時などに見つかったものが多いのでしょう。
つがる市亀ヶ岡縄文館

 結局疑問は解消しませんでした。聞いてみても、何か通じないようです。
 その後わかった事です。日本では、旧石器時代から、すぐに土器を使った縄文時代に変わっていきます。世界的には、旧石器時代(打製石器)から石器時代(磨製石器)へと変遷していきます。昔の学者の中には、ここの遺跡は磨製石器が見つかったことから石器時代としていた人もあったようです。展示品の中には確かに磨製石器もありました。時代の呼び方が確定しなかった頃につけられた名前なのでしょう。
続く...............


posted by ヨッシン at 23:58| 旅行記