向田神社です。境内敷地が広々としています。伝記が書かれていたので読もうとしたのですが、漢文なので全く理解できませんでした。

神社から川の方に行きます。土手の上は駐車場と公園になっています。川は隅の城川というようです。向田神社の伝記にも隅の城郷の地名が書かれています。

対岸の山の斜面に崖がみえます。ここのものもシラスではないようです。このあたりには姶良火山の火砕流は流れてきていないのでしょうか。

この後は宿に戻りました。朝食にちょうどいいじかんです。食後はテレビで台風の状況を見るのと、荷物の整理で時間がたちます。8時過ぎにチェックアウトします。
駅に行く前に気になっているものがあります。駅前道路の横に置かれている橋のような物です。見ていくことにします。
説明によると、川内駅の駅前を流れていた平佐川にかかっていた川内橋のようです。実際には、当時の物は親柱しか残っていないようです。橋の前後両脇にある円柱形の柱がそれです。

平佐川は川内町付近では蛇行しながら北上し、鳥追いの杜を通ってその先で、春田川に合流していたようです。戦災復興土地区画整理事業をしやすいように、町の中を通すのはやめにして、西に流れしてその先にある隅の城川に合流するようにつけ替えられたようです。この時に川内橋は、下を川が流れなくなったことから、お役御免となり撤去されたようです。
橋そのものは簡易的な物の感じがします。元々はもっと大きなめがね橋だったようです。今はカッパの像がいくつが置かれています。

川内駅前にはもう一つみておきたいところがあります。大伴家持の像です。薩摩の守として近く(といっても歩いて行けなかったが)の国分寺に赴任していたようです。

続く