2018年10月25日

大陸接点・北部九州 49 3/15 吉野ヶ里町歴史公園08 南内郭から中のムラへ

 南内郭は王の一家の居住区があり、吉野ヶ里遺跡で政治的な中核区域と考えられます。この区画内には、王の他に今でいえば官僚にあたる大人(たいじん)やその妻の家があります。役職ごとに妻の家が別にあります。この時代は、妻は家族ごと引っ越してきたということでしょうか。
 祭祀・儀礼を取り仕切る大人の家です。中では祭りの相談をしているようです。
吉野ヶ里遺跡 大人の家

 土木工事を取り仕切る大人の家(手前側)とその妻の家です。屋根覆いが、切妻型ものは王や大人で、寄棟型のものはその妻の家と区別しているようです。
吉野ヶ里遺跡 大人の家

 広場の反対側にあるのが、裁定をする大人の家です。何をする大人なのかは建物では区別できないようです。
吉野ヶ里遺跡 大人の家

 その裏側にあるのは、集会所です。壁がありません。王の家と同じように棟の上に太い木を載せています。
吉野ヶ里遺跡 南内郭集会所

 広場から南側をみたところです。物見櫓があって、その横に南内郭への入り口が見えています。
吉野ヶ里遺跡 南内郭入り口

 南内郭には物見櫓は4つ復元されています。2つほど上ってみました。他のものはだいたいにたようなものでしょう。内側から見た出入り口です。ここにも鳥形が載せられています。南内郭を出て行くのは正規の出入口からにします。
吉野ヶ里遺跡 南内郭入り口

 入り口から、さらに北側に進んでいきます。公園区域はこのあたりでいったん狭くなります。ちょうど公園の真ん中付近にあたります。ここからが公園の北半分ということのなるのでしょうか。
 狭くなっているところから見た北側です。左側に柵が、正面右側に竪穴住居が見えています。
吉野ヶ里遺跡 中のムラ入り口

 柵の内側の環濠の中に降りられる場所がありました。降りてみた環濠の断面です。壁の傾斜はきつく一度降りたら上るのは大変です。
吉野ヶ里遺跡 中のムラ環濠

 正面に見えていた住居群です。「中のムラ」といいます。一番目立つこの建物は休憩所と書かれています。見学で疲れたら中で休憩する場所のようです。元々の用途は何だったのかはわかりませんでした。
吉野ヶ里遺跡 中のムラ

 この建物は、酒造りの家と書かれています。
吉野ヶ里遺跡 中のムラ酒造りの家

続く...............


posted by ヨッシン at 23:59| 旅行記