台所と塀との間にあった建物です。パンフには、土蔵とか茶房下屋敷とか書かれた場所があります。これもわかりにくくしている原因のようです。元々は土蔵であったものを、食事ができる場所として、茶房下屋敷という名前でオープンしているようです。行った時は時間帯のこともあります。閉まっていましたから余計何かよくわかっていません。おまけに、パンフには井戸も書かれていません。

台所を北東側からみた所です。奥に土蔵が見えています。

稲葉家下屋敷は、その名前から家老あたりの役職を持つの建物と思っていました。実際はそうではなく、廃藩置県によって東京に移住した旧藩主が臼杵で滞在する場所として明治末期に建てられたものです。意外と新しいものです。
横にも古そうな建物が並んでいます。この建物は図書館とかかれていました。元々、大正時代に三菱財閥の番頭から寄付を受けて作られた図書館です。

このあとのことです。そのまま別府まで行っても良いのですが、ここに来る途中で三重の塔が見えていましたのが気になります。ここだけ行っておくことにします。歩いてだとどれくらいかかるかわかりませんから、自転車で行くことにします。
目的の場所まですぐにつきました。このあたりにはお寺が何軒かあり、そのどれかというので少し探しました。龍原寺というお寺にありました。太子塔ともいわれているそうです。

帰り道です。狭い道を車がやってくるので、それを避けながら路地を進んでいるも全く違う方向に行ってしまいました。途中、見えたものをいくつか紹介します。坂道の石垣の上に社が見えていました。下にあった説明板には畳屋町八幡社と書かれています。これのことだったのでしょうか。GPSは車においてきています。詳しい場所が確認できていません。

その先に、立派な楼門のあるお寺があります。月星禅寺です。時間的には詳しく確認している余裕なかったので。前を通り過ぎただけです。

辻にあった石巌當です。臼杵市では「せっかんとう」と読むそうです。建物につけられたものではなく、市場の中に喧嘩口論を鎮めるために作られたものだそうです。この旅行中では始めてみます。

中央通り商店街です。これも古そうな感じがしたので写してみました。パンフには安土桃山時代から続いていると書かれています。眼鏡屋のご主人さん、写真のために道を空けていただいてありがとうございました。

この通りにある脇道をぬけたところに駐車場はあります。来るままでもうすぐです。
続く.