道の駅でわかったのは、猿飛千壺峡は分岐点から2−3kmほど入ったところにあり、付近一帯は奥耶馬溪と呼ばれていることです。「何とか耶馬溪」には寄る予定でした。当然引き返していくことにしました。
最初についたのが魔林峡です。ここの案内図を見ると、上流の猿飛甌穴群まで遊歩道でつながっていると書かれています。帰りは同じ道を戻ってくる事になります。距離は1km以上ありそうです。時間節約のために、上流の猿飛甌穴群まで行き、駐車場に自転車をおいて、魔林峡まで戻ってきて車をとめて、上流に向かって歩いて行きます。帰りは、自転車で車の置いてある駐車場まで下りてくることにします。
歩き始めて見えた魔林峡です。両岸の岸はかなり切り立っています。川底の流れも速いようです。

川底まではのぞき込むようにしないと見えません。急流になったかと思えば、このように淵になっているところもあります。

川にせり出した岩の上から川が見られるところがあります。そこからの川の風景です。両岸がきりたっているようすがよくわかります。右側の段になっているところに、遊歩道があります。

川に流れ込む流れが作る唯一の滝だそうです。名前の記録をとるのを忘れました。上の道路のためにかためたコンクリートの方が目立ちます。

魔林峡の上流の端にあるのが念仏橋です。昭和3年架橋の石造りのめがね橋です。

橋の道路面です。横に車が通るように新しい橋が架けられています。

魔林峡は、大きな甌穴がつながってできたと説明に書かれています。探しても甌穴とはっきりとわかるものはほとんどありません。上段にやっと見つけたこのような窪地のことをいっているのでしょうか。それとも、ここの川の岸は波うつように曲がっています。この膨らみの一つ一つが甌穴というのでしょうか。

念仏橋を過ぎると、先には堰堤があります。その上流側は、運ばれてきた埋め立てられて、平坦になっています。魔林峡はここまでとなります。

この先しばらく何も見るものがありません。代わりに道沿いに句碑が並べられています。全国から公募した短文学コンクールの入選作品が並べられているようです。万葉歌碑ロードといます。

万葉の意味が理解できませんのでここは素通りです。
続く...............