−−− 付属しているものに注目した呼び方 −−
<唐門>
門の上に乗る屋根の形が千鳥破風ではなく、唐破風になっている門を唐門といいます。これも日本独自のもので、唐とは関係ないようです。
普通、唐破風は屋根の妻面につきます.門の入口から見て側面にあたり見えません。そのため、唐破風を軒先につけたり、妻面が前後にむくように屋根の向きを変えたものもあります。入口側から見て唐破風が横向にあるものを平唐門、正面を向くようにあるものを向唐門といいます。
豊川稲荷総門です。向唐門になります。門の基本的な形は四脚門です。 80623

<仁王門>
八脚門で、両脇の4本の控え柱でかこまれた区画に金剛力士像が置かれているものを仁王門といいます。仁王さんは金剛力士の別の呼び方です。
豊川稲荷の山門です。形式的には楼門です。80619

置かれている金剛力士像です。口を開けた阿形(あぎょう)と閉じた吽形(うんぎょう)が対になっています。これは阿形の方です。そういえば、狛犬も阿形吽形が対になっています。80618

金剛力士像の代わりに、四天王像や大臣が置かれているものもあります。四天王の内2人がいれば二天門、4人ともいれば四天門といいます。大臣の場合は右側が左大臣、左側が矢大臣で対になっています。このような門は随神門(随身門)といい、お寺ではなく神社の門で見られます。江戸時代の神仏習合と明治維新の廃仏毀釈が関係しているようです。
<鐘楼門>
門の2階部分に鐘が置かれている門をいいます。楼門に鐘があるのか、鐘楼が門になったのか。後者の方が正しいのような気がします。鐘の音が外に響くように、開放された大きな窓が設けられています。
横蔵寺の山門です。二階の窓になっているところに鐘があります。

ここからだと鐘のようすがわかりません。境内側からははっきり見えました。

−−− 門が設置されてる場所による呼び方 −−−
<総門と山門>
もうすでに総門とか三門とか名前がでてきていますが、どちらも、お寺の入口にある門をいいます。可睡斎や豊川稲荷のように総門と山門の両方のあるお寺もあります。どれを総門とするのかはお寺によって決めているようにみえます。今回まわったところでは、総門の内側に山門がありました。総門の方がより広い寺域の入口をさしているようです。一般的には楼門か二重門で仁王門(四天門)形式の門を三門とよんでいることが多いようです。
山門は、お寺の名前は山号(法多山とか)でよぶことがあります。その山の門という意味で使われています。門には山号の描かれた額が掲げられていることが普通です。
法多山尊永寺の山門です。額が下がっているのはわかりますが、この写真からは山号を読み取ることはできません。手前に石碑のような石が対になって並んでいます。石柱門のように見えます。更に外側に冠木門がありました。どれかが総門のなのでしょうか。80854

山門ではなく三門という書き方をすることがあります。これは三解脱門の略で、ここをくぐると煩悩を解脱することができるそうです。禅宗のお寺の二重門に使われるのが一般的なようです。
お城では、正面側が大手門または追手門、裏側が搦手門といいます。
<南門とか>
一般的な名称というより、どちらかというと門につけた名前でしょう。単純に南側にあるから南門と呼ぶようにした、ぐらいの意味合いでしょう。門内部の区画が大きくなってくると、南大門とか朱雀門と呼び方が変わってきます。
華厳寺中門です。中にあるから中門なのかな。形式は高麗門です。控え柱に乗る屋根が見えています。 71214

横蔵寺の山門のように、楼門で、仁王門で、かつ鐘楼門といくつもの呼び方で呼べる門があります。どう呼ぶかは何に注目しているかによるのでしょう。お寺からすれば、形式はどうでも良く、どこにあるのかが大事なのでしょう。