2021年02月01日

2月になりました

 相変わらず世の中はコロナ騒ぎ一辺倒です。いつになったら収束してくれるのやら。緊急事態宣言が先月初めにだされました。政府の対策がしっかりしていればそこまで感染が広がることはなく、必要は生じなかったとは感じています。だすのなら、勝負のン週間といってたあたりだったでしょう。だいぶ遅かったようです。
 それにしても年末からの感染者数急増は何だったのでしょう。年が明け緊急事態宣言がだされる頃にはだいぶ減り始めていました。一時的に上昇したように見えます。いわゆる若者層での増加・減少が主体なので、年末クリスマスで騒いだためというのが一般的な説明のようです。民間のPCR検査がふえたことが原因という説もあります。
 最近になって更に新規感染者数が減ってきています。緊急事態宣言の影響がでてきたように見えます。といってもまだ12月中旬頃の状態ですし、昨日一昨日は土日で感染判明者数の少ない日です。基本的には勝負の何たらといっていたときとおなじレベルでしょう。あのバカ高かった頃に比べると少ないように感じますが、そう感じるのは異常と思った方がいいでしょう。前回緊急事態宣言がだされていた第1波のピークよりははるかにたくさんの新規感染者がでています。
 重症者数はまだまだ高止まりしています。このようなことを総合してみると緊急事態宣言は7日には解除できないでしょう。延長する方向で検討に入っているようです。もっと早く発表していてもよかったようです。入る時は準備の都合があるとかでもたもたしていました。経済に影響があるとか何とかでさっさと解除といわなくなっただけましになったのかなという気がします。前回は、各知事が独自に規制を解除しています。それからすると宣言を長めにだしておいて規制解除を知事に任せるとのが一番かなとは思います。
 逆に考えてみると。緊急事態宣言をなかなかださなかったのは、規制をかけさせなかったということにもなりそうです。東京都が踏み御田営業時間短縮をしなかったことが悪いというようなことをいっていたような気がします。
 GOTOを一時停止したのは当然でしょう。宣言延長で停止期間を延長するのかな。補正予算の内訳には、GOTOの予算が大量に入っています。再開できる見通しが立っていない状況の中で、次の本予算が決まるまでの間にこれほど使うのかは疑問です。予算消化のために再開を早めるというようなことはして欲しくはありません。GOTO導入時を間違えたということを理解していてくれればいいのですが..。
 補正予算といえば、この事態の時に無理にやらなくてもという事業費が大量に入っているようです。元々は本予算で足りなかった分を補うのが普通のはずです。これ程の新規事業始めないのが常識です。コロナ対策で高額の支出をしたことで金銭感覚が麻痺しているではと疑いたくなります。見知った企業から助けてとか早くとか泣き付かれて見得を切ったように思えます。企業からの献金受領問題も発生しています。こういったところに今の政治の本質がありそうな気がします。
 地方に旅行していると、そこの名士といわれる人たちが崇められています。国からお金をもらって何かの事業に成功した人たちやあるいはその手配をした代議士が多いようです。結局は国のお金を地方に分け与えて、潤わせただけです。利益を得ているのは一部の人たちだけのような気がします。鳴かず飛ばずだった地域の方がたくさんあります。
 地方から見れば代議士の能力は、国からのお金をどれだけ回してくる、悪いいい方でいえばぶんどってくるかで決まっているような気がします。これは地方でなくても何かの団体でも同じです。GOTOで恩恵を受けたのは一部の旅行会社、宿泊施設のみです。高額食材を生産している業者が潤ったという話も聞きます。交通関係では払戻金の補助も受けていません。この落差は何なのでしょう。
 コロナ問題が大きくなって、いままでは何も考えずにお金を分配すればよかったものが、状況を判断しどう使えば効果的なのかと考える力を養ってこなかったために、対応することができないというのが実状ではないでしょうか。
 更に問題なのは、都合のよいように予算をばらまく、言い換えれば政策を実行するのに、話し合いでという方法はあるものの、ある程度は力で押さえつける必要があります。いうことを聞かない者に対しては、人事権を振りかざしたり、法律をつくって罰則を加えたりするという発想しかでてこないのでしょう。学術会議会員の任命や、コロナ対策の指示に従わない医療機関や人への罰則規定がその例です。これはパワハラ以外の何物でもないでしょう。周囲の自分に従わない人を力で押さえつけるという構図は暴力団と全く同じです。権力や法律を隠れ蓑に使っているかどうかの違いだけです。政治家に対して持つイメージが少しでも変わってくれないかと思うのですが、無理でしょう。
posted by ヨッシン at 00:00| 日記

2021年02月02日

今日は節分

 例年なら2月3日が節分だったのが、今年は2日になっています。世間では、今年の節分は2日であると大騒ぎしています。でもこれは2つの点で不自然です。節分というのは、季節の変わり目ということです。立春、立夏、立秋、立冬の日がそれぞれの季節の始まりですから、その前日は全て節分ということになります。年に4回あります。残りの3回は5月4日、8月6日、11月6日になります。
 春になる節分がとりたてて大きく注目されるのは、中華圏では春が1年の始まりだからでしょう。冬至を1年の始まりと考える所もあります。そのわりに1年の始まりに何かの行事をしているというのはあまり聞きませんが、大晦日に当たる日の方が盛大にいろいろなことをするというのは、不思議な気がします。クリスマスイブとよく似ています。新年は正月(春節)で祝うからでしょうか。
 春の節分のみを考えることにします。「今年はどうして節分が2日なのか」という質問の答えは「立春が3日だから」ということです。ポイントとなるのは、節分が2日ということではなく、立春が3日ということです。そのわりには今年の立春は3日ですよというような話は聞きません。立春、何sレトいうイメージなのでしょうか。
 立春の日がずれるというのは、春分・秋分の日が年によって違うということと同じです。その理由については本家の方で説明しています。
 そういえば、昨日来年の暦要項が発表されました。来年の立春は2月4日ですから春の節分は2月3日に戻ることになります。今年の立春時が、2月3日23時59分(きわどい)なので、来年は6時間遅れの2月4日午前6時頃という予測は立てられます。

 昨日は夕方から雨が降りだして、夜半前にはかなり強くなってきています。このところ天気の悪い日が多くなっているように感じます。星の観測でも、木星と土星が接近していた頃はほとんど毎日のように見えていたのが離れだしてからは2−3日おきになっています。高度が低くなって条件が悪くなっている影響があるかも知れませんが、ここまで差が出ることはないようです。
 カノープスも去年は運がよかったこともあるのか見ようとした日にすぐ見ることができました。今年は、低い雲がかかっていることが多く、ほとんど毎日見ているわりにはいまだに3回のみです。
 大雪で、高速道路が麻痺することが続きました。冬型の気圧配置が強くなってどか雪となることが影響しているようです。急速に発達するいわゆる爆弾低気圧の通過も連続しました。
 これとは別に、太平洋岸地域で雪が降るという予報もよく出されていました。たいていは南岸低気圧が通過する時に起こります。ふだんならこれが起こるのは、今月末から3月にかけてが多いようです。季節の移り変わりがちょっと早くなっているのでしょうか。
 天気図を見るといつもよりシベリア高気圧の南への張り出しが弱いように感じます。いつもなら春先に見られる気圧配置です。何となく春が近づいてきているようです。今日は比較的あたたかかったようです。でも天気予報では、明日から再び寒波がやってくるとかどうとか。行ったりきたりなんでしょうね。
posted by ヨッシン at 00:00| 日記

2021年02月03日

共通テスト第2日程 地学基礎問題について

 1月30日と31日に共通テストの第2日程の試験がありました。地学関係の出題があったのは31日です。他の記事を書く都合で解説等を載せる機会がなかったので、これからあげていくことにします。今日は、地学基礎の問題について書きます。地学の方は別の問題点が発生しているので、明日出来るかどうか。

 全体的にはオーソドックスかなという所です。考える問題をということなのか、回りくどく考えないと解けない問題(第2問問3)とか、こんなグラフを使うのかな(第2問問2)というのもありました。無理矢理くっつけて問題にしたという印象を受けました。
 第3問の会話文も質問に関係している言葉が、急に変わってしまっているのについて行けるのかなという心配までしてしまいました。ミスリードにつながる可能性もあったりして。

問題解答のためのヒントやポイントになる所などをまとめてみました。

第1問 A地球の変遷と活動
問1 原始大気の変化
  地球は隕石の衝突で高温となっていた→だんだん冷めていく
  二酸化炭素は石灰岩として固定される
問2 プレート境界で起こる現象
  沈み込み帯=流紋岩質溶岩 火山フロント(海溝と反対側) 地震の発生
問3 地震のマグニチュードとエネルギーの関係
  マグニチュードが1大きいとエネルギーは10の2分の3乗倍
  発生頻度をグラフから読み取って比較
B地質と生物
問4 露頭スケッチ
  基本的には下にあるものの方が古い BCは断層2のずれを不整合面のずれで判断
問5 地史の復元
  断層の種類はA層の続きがどこにあるかがポイント
  時期はY堆積後Xが堆積するまで 時代は化石の種類で判断
  イノセラムスは中生代(主に白亜紀)
  三葉虫とフズリナが同時に産出することがあるがまれ(滋賀県多賀付近など)
問6 不整合のでき方
  時代に大きな隔たりがあるとき 隆起浸食再堆積が確認できるばあい
C岩石と鉱物の関係
問7 岩石の組織と岩石の名前の関係
  片理構造のあるのは結晶片岩 等粒状組織は深成岩
  火山れきが集まったものは火山れき凝灰岩という事が多い
問8 鉱物の特徴と原子配列の関係
  アは鉱物の重要な性質の1つ 薄く剥がれる鉱物は名前がすぐにでてくるように
  自形は、岩石中に鉱物本来の形で含まれていること

第2問 A地球のエネルギー収支
問1 太陽放射と地球放射の違いについて
問2 熱輸送のようすをグラフから読み取る
  北向きが正と本文に書かれている(基本的に暖かい所から冷たい所へ向かう)
  海洋の輸送量は2本のグラフの差
B大気と海洋の温度
問3 ウは数学の計算 エは主要な高度で気温がわかっているか
  100hPaの高度も計算しないと
問4 海洋表層の温度分布がわかっているか

第3問 太陽系について
問1 地球のでき方、地球内部の元素構成がわかっているか
問2 太陽系の物質のほとんどが太陽にあるのでxは自明
  xyは2つまで絞り込める 本文を読めばどちらかがわかる
問3 3以外は天体名が言えてもいいのでは




posted by ヨッシン at 00:00| 雑記

2021年02月04日

共通テスト第2日程 地学問題で思うこと

 聞き慣れない言葉がでてくるようになってきました。長い間教科書を見ていないので、最近の動向がつかめていないようです。地学は分野が多岐にわたるので、全てをチェックしきれません。解けない問題が多くなってくると、この講評欄もおしまいにしないといけないようです。
 どれのことかというと、第4問にある「極渦」です。成層圏の大気の状態については、ある程度わかり始めた頃の情報は持っています。それから何となく答えることはできます。研究の初期にだされた情報は変わっていることがよくあります。この情報は今でも正しいといわれているのか気になる所です。

 それよりも、第1問に使われている「スケール」という用語が気になります。問題文には「地学では長大な時間スケールや広大なスケールの現象を理解・把握する感覚を身につけることが大切である。」と書かれています。何となくいいたいことはわかるのですが、本当にこういういい方をするのでしょうか。「長大な時間にわたって起こる現象や広大な範囲で起こる現象を……」といういい方ではダメだったのでしょうか。意味をわかっているつもりで当然のように使っていますが、そもそもしっかり定義がなされた言葉なのでしょうか。何か釈然としません。
 スケールで思い出すのは、スケッチや写真には必ずスケールを入れるようにと注意されたことです。そこで示されているのはどれくらいのサイズの現象なのかということを示しなさいということです。何か代わりになるものでも可です。たとえば人が写っているとかというように。そのわりには本家の写真等にスケールをつけていませんが..。
 地学を理解する上で大事なのは、いくつもの階層構造の中で組み立てられていることです。原子の世界、鉱物の世界、岩石の世界、地層の世界、地質区の世界、……といったように。これを間違えるととんでもない答えになることがあります。たとえば岩石の名前を聞いているのに、黒雲母と答えるといったように。黒雲母の標本が花こう岩の標本より大かったりしますから混乱しているのかも。
 地図を見るときに、家を探すなら住宅地図、車で出かけるときは道路地図、山の形を知りたいなら地形図といったいろいろな地図を使い分けます。使い道によって便利な縮尺が決まってくるからです。山の地図には、住宅の名前は必要ありません。逆に住宅の地図には山などが入ってきません。地図の縮尺によって書かれている情報が変わっています。
 地学でも同じことで、岩石の名前をいうときに元素の構造がどうなっているとか、プレートが沈み込んでいるとかそういった情報は必要ありません。そのレベルに応じた、ものの見方を使いわかることが大事です。
 地図には、必ず縮尺が書かれています。だいたいは、適当な長さの棒があって、これだけ離れた場合何kmですというように示されています。これをスケールといっています。このスケールを目安に距離を考えてくださいという意味になります。
 地学にはいろいろな階層があります。それぞれにあった大きさを示すスケールが必要なのでしょう。でも、大概は主要な用語を聞いたとたんに、だいたいのスケールが想像出来ているのではないでしょうか。
 本文主題部の説明に書かれているスケールの意味は、どちらかというと規模といった方が近いようです。各問も含めて先にいったようなないようで使われているのは、問2のみのようです。他の問題ではわざわざスケールという言葉を使う必要はなさそうです。問題文には大きなものがあげられていますが、実際には、原子のレベルといった非常に小さいものや、地盤の変位によって地震が発生するようすとか隕石が衝突したというような非常に短かい時間も取り扱うこともあります。
 出題者が使っている「スケール」とは違うのではという印象を受けます。ここに書いたことが間違っているのかも知れませんが、意味が通る言葉を使っていないと読む側が苦労します。ここでは発生していませんが、問題文のとらえ方が変わってしまうようになっては大問題です。言葉はしっかり選んで欲しいと思います。

 第1日程で生物の平均が高いので、調整がおこなわれました。地学受験者に対して、受験者数が少ないということで調整の対象となっていません。地学の平均点が他教科と比べて差がある場合はそれでもいいのですが、この場合は明らかに生物の問題によるものですから、地学受験者に対しても調整が入ってもいいのではないでしょうか。実際には生物が高いのなら、生物受験者から原点する方法でするのが筋のような気がします。


posted by ヨッシン at 00:00| 雑記

2021年02月05日

共通テスト第2日程地学問題 感想・解法のポイントなど

 まず、問題を見て思ったことです。地学基礎でも言えることです。

 グラフをどう読み取るかという問題がたくさん出されていました。どれも地学でよく使われるものではありません。どちらかといえば、書かれたようなグラフの読み取りは数学的な知識があると解けるものです。別に地学的な能力は必要ありません。地学の受験勉強をしているしていないに関係なく解ける問題は地学の問題といえるのでしょうか。考えさせる問題というけれども、地学的な知識が必要な問題にして欲しいと思います。

 グラフだけではなく図でもおなじです。最初にでていた図の意図が読み取れれば簡単なのですが、理解に苦しむ図です。もっと簡素な図は簡単にできそうです。わかりにくくするのと考えさせるのというのは全く違うはずです。
 第1問問5でも、グラフを考えることと地学的思考との関係が不明です。地学的な発想では、調べた結果こういうグラフができたからどう解釈するのかという順番におこなうはずです。物理ならこれでいいのかも。
第3問の地質調査でも、不整合や断層、地層の逆転がないというのを確認するのが目的のはずです。これがわかったときには、褶曲がどうなっているかぐらいはわかっています。「ないとして考えよ」でも、あまりにも出題のための問題ような気がします。
 同斜構造という用語は聞いたことがありません。褶曲があるといっているわりに問5で同斜構造というのは矛盾しているようです。あまり狭い地域で構造の変化は考えないのが普通です。4種類の図から選ぶだけなのでとくに断る必要はないでしょう。
 問6で、貨幣石、浮遊性有孔虫、デスモスチルスが産出する地層は一連のものとは考えられません。これだけ時代に差があると、どこかに不整合か断層があると考えるのが普通です。主題文の設定とは矛盾します。
 地学にあまり詳しくない人が作った問題のように思えます。



 各問ごとに、考える上でのポイントなどを書いてみました。

第1問 スケールについての問題と書かれている 言葉に惑わされないように
Aが時間スケール Bが空間スケールらしいです
問1 それぞれの時代の始まりに、陸上や空中に進出していたかがわかっていれば解ける
  現象と時代区分を順番に並べるといいだけ、相対尺度となりスケールは意味がない
問2 大きさと時間の長さはだいたい比例するので大きさで考えてよい。
  2と3は同じ大きさだが速度が大きく異なる。
問3 単純に転向力の問題。大きさは速度と緯度の正接(sin)に比例。
問4 地球の大きさ(赤道周囲の長さ)がわかっていて、何日かかって一周したかがわかれば解ける
問5 チバニアンに関して出題したようだ。
  始まりは松山逆帯磁期からブリュンヌ正帯磁期に移り変わる所

第2問
A地球内部の構成と運動、地震活動に関する問題
問1 正解になるものはすぐわかるはず
問2 発熱量は総量に比例と書かれている
  総量は求められるはず
問3 4000万年前はどのような配置になっていたか
  最近の動きは新しい時代の火山のみで考える
問4 わざわざグラフにしたのね それも方対数グラフ最近は高校でも使うのかな
  コロナ新規感染者数の変化はこれで書いた方がわかりやすいけど
  わからなければ強引に値を読み取ってみよう。たとえばM5.7とM7.7
  イは二択、明らかに関係ないものがある
B鉱物と鉱床について
問5 黒鉱鉱床は日本海形成時の海底火山噴火によるもの
  アルミは風化残留鉱床
  1問だけというのは寂しい

第3問
A火成岩と偏光顕微鏡
問1 開放ニコルでは多色性を見る、有色鉱物のみ見られることがある
問2 直交ニコルでは90度回すと白黒が反転する
問3 結晶分化作用でケイ素やマグネシウムはどのように変化していくか

問4 走向傾斜の定義
問5 記号から読み取れる傾斜の方向は?
  逆転していない場合のクロスラミナのでき方は?
問6 向斜背斜の軸方向は基本的に地層の走向方向
  水平面上では背斜だと軸近くが古い地層になる
問7 それぞれの事件の時代は覚えていて当然

第4問
問1 2000mの気温を計算し、その気温のところの位置をグラフの線から求める
問2 一般的なフェーン現象の計算。上昇時はグラフから読み取るだけ
  いっそエマグラムにしていてくれたらいいのに
問3 1と3、1と4は矛盾する
問4 図4の遠心力は説明不足(地球が共通重心を公転するときの遠心力)
  地球の自転にあわせて人を動かすとどうなるか 極は中心で考える
問5 地球太陽月が一直線上に来るとき(順番問わず)
問6 不思議なグラフを作ってくれました。グラフを読めばいいだけ

第5問 天体についての問題
問1 a分光連星 b前を横切るためには
問2 表面温度が高くなるほど短波長側が明るくなる
問3 (3)何個くっつかないといけないか
問4 太陽の表面温度はいくらか
  →グラフを使って表面温度と明るさは太陽の何倍か
  →式から大きさを計算
問5 年周視差の説明
問6 ハッブルの法則とは? 距離と後退速度の関係はどうなっているか
問7 太陽系(地球)の値を入れるとKはいくらになるか
  惑星Cのみで普通に代入すると求めることができる
  惑星ABは確認用
posted by ヨッシン at 00:00| 雑記

2021年02月06日

星の記録 2月始め

 2月に入ってからの星の記録です。
 月が変わってしばらくは星の見えない日が続きました。3日朝に西の空を見ると月が見えました。いつの間にか有明の月となっています。少し前までは満月といっていました。変化するのが早いですね。
有明の月

 4日です。久々に日没後にISSが見えるようになってきています。方角は北西から北東方向です。大きな建物がありますが、わずかに上を通りそうです。北から北東方向をねらってみました。わずかにアップの焦点距離21mmで8秒露出10秒インターバルです。
ISS
意外と高速で通過していきます。400mm望遠でもねらってみたのですが、ピントが甘いようです。このレンズは留め金が破損していて強引に接着して使っています。これ以上は無理かな。
ISS
 100分後の次の周回でも見えるということだったのですが、方角を90度間違えて見損ねてしまいました。写真にも写っていません。
 9時頃に双眼鏡で南の空を見るとカノープスが見えました。高いマンションのわずかに上を通っています。
カノープス
 連続写真でとろうとしたのですが、アストロトレーサが作動しなかったのでキャリブレーションをやり直したり、撮影を始めようとしたら電池切れのサインがでたので交換していたりしていたら、建物から離れてしまい、おまけに南中時刻を過ぎてしまいました。10秒露出12秒インターバルです。
カノープス
 ある程度時間が経った所で見ると入っていないようだったので向きを変えることにしました。後で写真を見直すと外れてはいなかったようです。
 連続写真は、インターバルで写した写真を比較明合成で結合しています。画像を読み込んでデータをコピーして、上書きする画像に貼りつけ、比較明合成を指示してから、画像を結合するという手順になります。1枚の処理が終わるのに10秒以上かかりますから撮影にかかったのと同じくらいの時間がいります。
 ソフトには、スクリプトをつくって一括処理する機能がついていますから、これを利用することにしました。スクリプトといっても、命令文を打ち込むのではなく、処理を実際におこないその手順を記憶させるだけです。やってみるのと、上書きするのに使う画像を閉じる時に、上書き保存になります。タイムスタンプが変わります。変えたくないので、いったん画像をコピーしてから、コピー画像で処理をすることにしました。ずっとついていなくてよくなったので、だいぶ楽になりました。ただし、その間はパソコンは使えません。これに似た機能は使っているワープロソフトの古いバージョンにはついていたのですが、バージョンアップを繰り返している内にいつの間にかなくなっています。ソフトのバージョンアップは、いいことばかりではありませんね。このソフトはこの時のバージョンの方が好きです。
 この方法で処理した。カノープスです。先ほどの続きになります。
カノープス

 5日は曇りで見えませんでした。
 6日です。今日もISSが見えると予報されています。頭上を通るというのでカメラを縦置きにしてみました。焦点距離18mmで4秒露出6秒インターバルです。
ISS
 はくちょう座(デネブ)からカシオペア座にかけて通過しています。ここで飛行機とぶつかりそうになっています。
 400mmで入ったということで、700mmの望遠鏡で試してみました。結果はこれもピンぼけでした。でもこのようにぼけるのは、元がどのような形をしている場合なのでしょう。この前後の数枚は全てこのような形に写っています。
ISS
 この日はピントを合わせている時間はないということで、前日の晩に5kmほど向こうの建物のあかりを使ってあわせていました。シリウスを使ってピントをあわせなおそうと望遠鏡を移動させたらその近くをISSが通過する所でした。カメラをこちらに回すことに気がつきませんでした。
 シリウスを使って、ピントを合わせてから10km先の灯りを確認するとわずかにピントがずれているようでした。5km先の灯りではピントあわせに使うのは無理なようです。
 ネットのニュースを見ていると明日(7日)はISSが2回見えると書かれているものがありました。調べてみたものでは1回だけです。再度見直してみると、もう一回は日没直後です。これでは見えないでしょう。関東なら20分ほど経っていますから見える可能性はあります。中部以西では1回目は無理でしょう。
posted by ヨッシン at 00:00|

2021年02月07日

紅葉の東海三山 12 2019/11/27 揖斐川町華厳寺境内西側

 華厳寺に来てわかったことですですが、ここは西国三十三ヵ所巡りの最後の札所になっています。それで大きなお寺だったのですね。住んでいる所の隣町に札所になっているお寺があります。ここも立派なお寺です。こんなことをいっても、美濃三山は何かとか全くわかっていません。
 三十三ヵ所を巡り終わると満願成就ということになります。満願堂はそれに由来する名前だったのかなあ。
 満願堂前の石段を降りていくと本堂の横にでます。降りたすぐ左側には子安堂と笈摺(おいずる)堂というのが並んでいます。笈摺とは巡礼に着ていた衣服のことです。満願成就の暁には、その衣服をお寺に納めるそうです。その場所がこの笈摺堂です。
 折り鶴は笈摺との語呂合わせでしょうか。
揖斐川町華厳寺 笈摺堂

 隣のお堂です。仏様が安置されています。お札のようなものが水で貼りつけられています。病気を治すおまじないのようです。写真を撮ろうとしたら、ちょうどおまじないしようとしていたようです。知らずにシャッターを押してしまいました。邪魔をしてごめんなさい。
 苔の水地蔵というようです。前の水盤の文字は苔のようにも読めます。もう一つは気かな。
揖斐川町華厳寺 苔の水地蔵

 廊下を通っていくと、本堂の裏側にでます。まどがあいていて、そこから観音様が見えます。両脇に四天王を連れています。顔が黒白青赤の四色です。方位と関係があるかなと思ったのですが、法印を持っている多聞天は青色です。関係はなさそうです。
揖斐川町華厳寺 観音様

 本堂の外廊下を通って正面に抜けます。そこからは、来た道を引き返していくのが普通でしょう。右側に抜ける道があってそちらからも戻っていけそうです。回っていくことにします。
 回廊沿いに道があります。回廊の途中にお堂が一つあります。三元大師堂というようです。
揖斐川町華厳寺 三元大師堂

 回廊は内仏客殿へと続いています。その前は一段低く庭園のようになっています。塀で囲まれていて、門があります。本門です。
揖斐川町華厳寺 本門

 内仏客殿の前から石段で庭園に下りていきます。そのまま本門を抜けると明王院があります。白いゾウの置物があります。気にはなりますが、入っていいところなのかどうか、わかりません。ここは遠慮しておきます。お釈迦様が乗るゾウだったようです。
揖斐川町華厳寺 明王院とゾウの置物

 そのまままっすぐ進むと参道に抜けます。参道を引き返していくと山門が見えてきました。
揖斐川町華厳寺 山門

 門前の参道を引き返していきます。何か買いたいものがあって、探したけれども見つけられなくであきらめた記憶があります。何だったのか思い出せません。揖斐川茶だったのかなぁ。
揖斐川町華厳寺 参道

 バスに戻り、次に進みます。すぐに川を渡ります。根尾川です。確か、濃尾地震の時にできた根尾谷断層はこのあたりから見つかっていたような記憶があります。この先からまっすぐな谷が延びています。
揖斐川町 根尾川

続く...............


posted by ヨッシン at 00:00| 旅行記

2021年02月08日

紅葉の東海三山 13 2019/11/27 美濃市大矢田神社 参道

 次に向かっているところは大矢田神社です。横蔵寺・華厳寺は同じ揖斐川町内にありますが、大矢田神社はだいぶ離れたところの美濃市にあります。この3つをあわせて美濃三山と呼んでいます。横蔵寺には両界山、華厳寺には谷汲山という山号がありました。美濃三山の山は山号に由来しているように思えます。これに対して大矢田神社は神社なので山号はつきません。山は2つしかないので三山にはならないこと、一つだけ離れているのが気にかかりますが、あまり深入りはしないことにします。泥沼にはまると大変です。
 移動途中のようすです。ずっと地道を走っていたようです。道脇のみかんの木です。大きな実がついています。この時期だと何なんだろう。伊予柑かな。
みかんの木

 柿の木畑のむこうに、イチョウの木が集まっているところがあります。あまりかたまって植えられる木ではありません。それにあまり大きくありません。何なんでしょうか。
イチョウの木

 どこをどう走っているかわからないまま。大矢田神社に到着です。駐車場の入る手前から見た、鳥居方面です。道脇の、紅葉が綺麗です。ここもまた、たくさん歩きそうです。
美濃市大矢田神社 鳥居前

 駐車場の脇に白色のサザンカが咲いていました。
美濃市大矢田神社 駐車場 サザンカ

 添乗員さんに連れられて、大矢田神社に向かいます。先ほど見えていた鳥居です。
美濃市大矢田神社 鳥居

 鳥居の先に門が見えます。お寺の山門のようです。神社でも、たまにこのような門を見かけることがあります。
美濃市大矢田神社 山門

 門の脇には塀が続いています。楼門の横に塀が続いているのはあまり見かけません。手前に狛犬がいます。
美濃市大矢田神社 山門前狛犬

 普通、神社の楼門の下に控えているのは、右大臣(矢大臣)と左大臣です。このような門は仁王門に対して随神門といいます。でも、ここのものは仁王さんがいますので、仁王門といっていいのでしょう。でも、神社に仁王さんはなんか変。
美濃市大矢田神社 仁王さん

 楼門をくぐった先は、杉並木が続きます。一番最後の木はしめ縄で飾られていて、根元から2本並んでまっすぐ立っています。このようなものは夫婦杉とか呼ばれることが多いようです。夫婦樹と書かれていました。2本の杉の木と思っていたのですが、よく見ると右側の木の表面はツルツルで、左側は縦に裂け目が入っています。左側が杉で、右側がヒノキです。
美濃市大矢田神社 夫婦樹

続く...............

posted by ヨッシン at 00:00| 旅行記

2021年02月09日

紅葉の東海三山 14 2019/11/27 美濃市大矢田神社 本殿へ

 楼門を越えてからもまだ道は続きます。社殿まではまだまだありそうです。数は少ないのですが、道脇には夜店もでています。紅葉のこの時期だけでしょうか。周辺のもみじも綺麗ですが、写真に店が写り込んでくるのは興ざめです。
美濃市大矢田神社 参道

 参道から右側に脇道があります。こちらのもみじの方が綺麗そうです。帰りに時間があれば見ていくことにします。
美濃市大矢田神社 参道

 直毘の滝と書かれているところがありました。組まれた石垣に、引いてきたような水の流れが上から落ちています。円興寺にも似たような滝がありました。
美濃市大矢田神社 直毘の滝

 道はだんだんと登りになっています。右側が斜面になっています。ここのもみじも綺麗です。
美濃市大矢田神社 参道 もみじ

 石段を登り切ったさきに社殿がありました。前に狛犬がいなければ、お寺の本堂にようにも見えます。
美濃市大矢田神社 社殿

 社殿広場脇の斜面のもみじの木です。赤ばかりではなく黄色に染まっている木もたくさんあるようです。
美濃市大矢田神社 社殿前もみじ

 社務所脇にあった人形です。何なのかは不明ですが、ここのお祭りで「ひんここ祭り」というのがあるそうです。それと関係したものでしょうか。
美濃市大矢田神社 社殿人形

続く...............


posted by ヨッシン at 00:00| 旅行記

2021年02月10日

紅葉の東海三山 15 2019/11/27 美濃市大矢田神社 本殿もみじ谷

 本殿の脇には、神社の由来や、建物特徴について書かれた解説板が置かれていました。それによると、三間社流造、三間向拝、軒唐破風、千鳥破風つき檜皮葺、寛文12年(1672年)建立と書かれています。本殿の屋根に注目します。棟から切妻屋根の上にでている三角形の屋根が千鳥破風(ちどりはふ)で、お城では2つ以上並んでいるのを見かけます。その手前の円形の屋根が唐破風(からはふ)です。他にも軒飾りの説明とかもありました。
美濃市大矢田神社 本殿

 左側から見た本殿です。唐破風の下が拝所になっていて、横に4本柱が並んでいます。柱の間が3つあるので三間向拝になります。
美濃市大矢田神社 本殿

 本殿前の鳥居越しに見た向こう側のもみじです。
美濃市大矢田神社 本殿 もみじ

 本殿から奧へは進めないので、引き返すことにします。本殿前の石段を一つ降りたところから左側に下りて行く道があります。こちらに行けば先ほど行こうとしていたところにいけそうです。脇道に入っていきます。
 この道沿いにはもみじの木がたくさんあります。この近くには紅葉谷のヤマモミジ林というのがあるとなっています。案内図では、本殿の裏側のようにも書かれていますが、見た感じでは、こちらのような気がします。
美濃市大矢田神社 もみじ谷

 谷川を渡るところのもみじです。こちら側に来る人は少ないようです。ゆっくり見ることができます。
美濃市大矢田神社 もみじ谷

 公園のようなところがあってそのわきのもみじです。黄色く染まっているもみじが多いようです。ヤマモミジの特徴の一つだそうです。
美濃市大矢田神社 もみじ谷

 参道の太鼓橋のところまで戻ってきました。
美濃市大矢田神社 太鼓橋

 ここからも参道ではなく、谷の方を進んで行くことができます。
美濃市大矢田神社 紅葉谷

続く...............


posted by ヨッシン at 00:00| 旅行記

2021年02月11日

紅葉の東海三山 16 2019/11/27 美濃市大矢田神社 門前

 大矢田神社の由来について整理しておきます。3世紀の中頃に、この付近に悪霊が出るというので神のご加護を祈ると同時に、スサノオノミコトを祀ったのが始まりだそうです。
 8世紀になって白山開山のためにこの地に天王山禅定寺が作られ、次第に大きなお寺になっていったようです。戦国時代の戦乱で全山焦土となりなった後、江戸時代初期に牛頭天王社として本殿と拝殿が作られて、禅定寺は次第に縮小していったようです。この頃は神仏習合の風習が広まっていったので、お寺が神社の祭事をおこなっていたようです。
 明治になると廃仏毀釈によって、禅定寺は廃寺となり天神社は大矢田神社と改名しました。
 お寺のあったところに神社ができ、神仏習合や廃仏毀釈によって、神社の中にお寺のような施設が残されたようです。禅定寺は江戸時代にはまだ何とか健在であったので、美濃三山の一つに入っていたのでしょう。大矢田神社が、美濃三山の一つというのはこれで理解できそうです。山門のある神社というのも納得です。もみじを見ながら戻っている内に山門に近づいてきました。
美濃市大矢田神社 山門

 大きなイチョウの木があり色づいています。手前側の屋根は極楽坊の門です。禅定寺の宿坊で現在まで残されている一つです。
美濃市大矢田神社 山門横 イチョウ

 まもなく楼門をくぐり抜けます。禅定寺に関係した門であることがわかった以上、山門といっていいのでしょう。ちなみに山門という言い方はお寺を山号で呼ぶことと関係しているようです。禅定寺は天王山が山号にあたります。美濃三山の山も山号をさしているのでしょう。
美濃市大矢田神社 山門

 山門前の広場です。狛犬とか常夜灯、石碑とかいろいろなものが並んでいます。もみじも綺麗です。
美濃市大矢田神社 山門前

 鳥居の前のみちを渡ったところにも小さな鳥居があります。その奥には小さなお社が見えています。鳥居には稲荷神社と書かれています。
美濃市大矢田神社 山門前 稲荷神社

 稲荷神社前の広場です。白いサザンカと真っ赤なもみじが見えます。花と紅葉の対比で写してみましたが、花がもう一つパッとしませんね。
美濃市大矢田神社 駐車場 モミジとサザンカ

 駐車場まで戻ってきました。赤い実をつけた木があります。実の形はハナミズキのようにも見えます。ハナミズキの木はこんな形でだったでしょうか。
美濃市大矢田神社 駐車場 ハナミズキ

 バスに乗って待っているとすぐに出発です。広い道に出る手前で、紅葉谷の案内がありました。横の柿の木にはいっぱい実がついています。その下にはいろいろな花が咲いていますが、何かよくわかりません。
美濃市紅葉谷案内

続く...............


posted by ヨッシン at 23:52| 旅行記

2021年02月12日

紅葉の東海三山 17 2019/11/27 犬山寂光院へ

 大矢田神社の次に向かうのは犬山寂光院です。添乗員さんの言い方を借りると、ここまで3勝1敗になります。最初の円興寺はそれほどもみじがなかったので1勝にしてよいものか。気分的には2勝1敗1分けくらいの感じです。
 寂光院は犬山市の木曽川沿いにあります。といってもここからどう進んで行くのかよくわかっていません。広い道路に出てから、すぐに大きな川を渡ります。長良川です。前に渡った揖斐川と寂光院の前の木曽川とあわせて濃尾三川といいます。木曽三川というのが正しいようですが、長良川揖斐川は木曽地域を流れていません。これはどういうことなのでしょうか。
美濃市長良川

 バスは高速道路とかバイパスを通って各務原市鵜沼に抜けてきました。駅の近くで線路を渡ります。高山本線と名鉄が平行して走っています。
各務原市鵜沼 鉄道線路

 木曽川を渡るあたりで犬山城が見えてきました。反対の窓側だったのでこの程度にしか写せません。
犬山市 犬山城

 木曽川を渡って、犬山遊園駅の前をぐるっと回るように進んで、木曽川沿いの道に出ます。対岸には大きな岩山があります。
犬山市 木曽川と岩

 川面を見ていると、川下りの船が見えてきました。ネットで調べてみると、かっては日本ライン川下りとして運航されていました。だいぶ前に休航となり、現在は運行されていません。現在は、紅葉観光船として、犬山遊園駅近くからこの少し上流の桃太郎公園付近までの往復で運行されているようです。
犬山市 木曽川遊覧船

 木曽川の上流側です。山がだいぶ色づいています。
犬山市 木曽川上流方向

 少し進んだ所で、バス駐車場に到着です。この先の道は狭いので、バスは川沿いから登っていくことはできません。まただいぶ歩いて行くようです。
 駐車場から最初に階段を登っていきます。だいぶつかえていたので、その間に川沿いのもみじの木を見ていました。
 ここからは川は見えませんでした。すぐに追いつかないといけないので、駐車場から階段に戻ります。バスが方向転換をしようとしていたので、少し邪魔になったようです。
犬山市 寂光院駐車場前モミジ

続く...............


posted by ヨッシン at 00:00| 旅行記

2021年02月13日

紅葉の東海三山 18 2019/11/27 犬山市寂光院 参道

 バス駐車場から階段を上がっていくと、参拝車が通る道路に出ます。時々通る車に注意しながら、歩いて行きます。
 道はわりと切り立った山の斜面につけられているので、ところどころに崖があり、岩石が露出しています。細かい溝状の筋が平行に入った岩石でできています。特徴から板状チャートでしょう。海嶺近くの海底でプランクトンがたまってできた地層です。
犬山市寂光院 板状チャート

 道沿いの紅葉したもみじが見えます。サザンカの花も咲いています。いっしょに写してみました。
犬山市寂光院参道 サザンカ

 石段があって、標識には登っていくと寂光院本堂に行くと書かれています。添乗員さんは、ここを登らずに道沿いに真っ直ぐ進んで行きます。石段脇のもみじは赤く染まっています。
犬山市寂光院参道石段

 小さな橋を渡ります。谷沿いにもたくさんのもみじがあります。
犬山市寂光院参道橋

 門があって内側が駐車場になっています。ここの門は柱だけの門です。総門と呼んでいるようです。
犬山市寂光院総門

 駐車場奥にも参道入り口と書かれているところがあります。内側に野仏さんが3体並んでいます。添乗員さんはこちらの方にも入って行きませんでした。
犬山市寂光院参道入り口

 駐車場のもみじです。ところどころに色が変わったもみじが見られます。ここのものは真っ赤です。
犬山市寂光院駐車場モミジ

 駐車場からも広い道を進んでいきます。このあたりは車は通行止になっていて、気にしなくても歩いて行けます。相変わらず道沿いには板状チャートがでています。ここのものは筋の幅が細かくだいぶ曲がりくねっています。
犬山市寂光院駐車場上板状チャート

続く...............


posted by ヨッシン at 23:53| 旅行記

2021年02月14日

紅葉の東海三山 19 2019/11/27 犬山市寂光院七福坂

 道を進んでいくと広場に到着しました。法輪殿(お茶所)をはじめとしていろいろな建物があります。路線バスもここまであがってくるようです。
 正面左手には大きな建物と門が見えます。建物はお寺の事務所のようです。案内図では山門となっています。今までの他のお寺に比べると小さいようです。形式的には薬医門になります。広場側が外側に向けていますから、お寺に入る門というより庫裏とか社務所に入る門のようです。
犬山市寂光院 山門

 右の山側です。もみじがいっぱいです。隠れていますが、十三重の塔(?)があります、上の方にあがっていく坂が続いています。七福坂といいます。これからここを登っていくことになります。
犬山市寂光院 十三重の塔

 だいぶ登ったところで振り返って見たところです。だいぶ登ってきたようです。石段がずっと続いています。
犬山市寂光院 七福坂

 石段の区切りある所からの登り口に福禄寿坂と書かれ、福禄寿が祀られていました。ここの坂には七福神の名前のつけられた坂が順番にあるようです。添乗員さんが7つの福をもらいながら登ってくださいといっていたのはこのことだったようです。この後は寿老人しか残っていませんでした。
犬山市寂光院 七福坂

 坂を登り切った右側が本堂になります。その前に左側にあるものを見ておきます。宝塔がありました。左まわりに3回回ってお参りくださいと書かれています。
犬山市寂光院 宝塔

 弁天堂(右側)と蚕堂(馬鳴堂)です。蚕堂は寂光院の中で一番古いお堂(1823年再建)だそうです。
犬山市寂光院 弁天堂と蚕堂

 石段の右側にまわります。回廊をくぐった先に鐘楼が見えてきました。
犬山市寂光院 弁天堂と蚕堂

 そのまままわって、本堂の前に出ました。前に大きなもみじの木があります。
犬山市寂光院 本堂前 もみじ

続く...............


posted by ヨッシン at 00:00| 旅行記

2021年02月15日

紅葉の東海三山 20 2019/11/27 犬山市寂光院 本堂

 本堂までくるには、七福坂を登らないとたどり着けません。石段が登れない人はどうするのかというと、スロープカーというのであがってくる方法もあります。6人乗りの斜行エレベータです。七福坂下の広場に乗り場があって、本堂横随求堂の裏手まであがってくることができます。
 問題なのは輸送能力です。片道4分かかるそうです。乗り降りの時間も含めると最大で、10分で1往復といったところでしょうか。広場では20人以上の人が待っていました。4回目に乗れるとして、40分後に乗車、45分で到着ということになります。ツアーで寂光院の見学時間は1時間ちょっと、広場までの往復時間も考えると、本堂まであがることができるのかどうか。バスに乗ってきた人が全員利用すれば時間が全然足りません。
 いろいろなお堂を見ながらでもカメラの記録をみると4分であがってきています。ちょっと使いづらいようです。
 随求堂の外廊下を歩いていると、ちょうどスロープカーがあがってきたところでした。
犬山市寂光院 スロープカー

 外廊下を通りぬけ、正面にまわって見た本堂です。
犬山市寂光院 本堂

 本尊は千手観音です。遠慮がちですが撮らせてもらいました。日本武尊が作ったといわれているそうです。
犬山市寂光院 本堂千手観音

 正面にあるもみじの木越しに本堂が入るように写してみました。
犬山市寂光院 本堂

 本堂拝所上の軒飾りの龍です。オレンジ色は火を吹いているのでしょうか。
犬山市寂光院 本堂飾り竜

 本堂前にイヌマキの木があります。非常に大きな木です。解説板にはラカンマキと書かれています。実の形が修行僧の形に似ていることからつけられてそうです。五百羅漢の羅漢です。普通のイヌマキも同じ形の実をつけているような。
犬山市寂光院 本堂前イヌマキ

 本堂前から見た、もみじ越しの鐘楼の屋根です。建物がもみじに埋もれています。
犬山市寂光院 鐘楼

続く...............


posted by ヨッシン at 00:00| 旅行記