2019年09月01日

9月です

 今日から9月です。先月の中頃から雨が多くなっています。秋雨のようです。今年は梅雨明けが遅かった分、秋雨になるのが早いようです。今年の雨はわりとしっかり降っています。例年に比べて、秋の長雨というのがぴったりなようです。
 この雨の影響で、コモンマロウが枯れてしまいました。根腐れを起こしたようです。逆に元気なのが、月下美人です。つぼみのようなものをいっぱいつけています。
月下美人

 これが全てつぼみだとすると大変な数になります。7月末にも花をつけていました。去年、一昨年と比べて大きな違いです。今年は雨のかかるところに出しています。去年までだと、水やりも適当で2−3日に1回くらいの割合でしかあげていません。多肉系の葉っぱをしていますから、水はそれほどなくてもということであげていませんでした。今年はしっかり水に当たっています。この違いが出たのでしょうか。
 コバノランタナがあまり花をつけなくなっていました。葉っぱも黄色くなってきました。暖かいところで見る花なので、日の当たる所の方がいいと思って一番よくあたるところに出していました。日のあたる時間が短いところに置き場を変えてみました。半月ほどたった今はたくさんの花をつけています。あまり日差しのきついところもよくなさそうです。秋雨の影響で、水がたっぷり与えられていることがよかったのでしょうか。少し気温も下がってきています。この影響かも知れません。
 ニチニチソウは、いっぱい花をつけています。この夏の花の主役でした。
 グリーンカーテンとして植えた、インゲンの2代目は軒の高さに達しています。これ以上は上に伸びるところがありません。1代目に比べてなかなか花をつけなかったものが、最近ちらほらと見受けるようになってきました。あまり虫の来ないところなので、実にならないのが残念です。それと、ちょっと葉っぱのすき間が広いかも。グリーンカーテンとしてはもう一つかも。もう必要な時期も終わりかけています。エンドウはそれどと大きくなっていません。つるがネットに絡みつかないので、誘導するのが大変です。

posted by ヨッシン at 23:22| 日記

2019年09月02日

中国山地復興割 31 10/05 府中市上下宿 2/2

 旧街道に戻り先に進んでいきます。通りに面して上下歴史文化資料館がありました。民話資料館とも書かれています。岡田美知代の生家をそのまま資料館にしています。岡田美知代は小説家田山花袋の弟子でした。その後に田山が書いた小説のヒロインのモデルではないかといわれています。建物の中は、岡田美知代の一生と、小説関連の解説が中心となっていました。田山花袋も文学史で名前と代表作名だけ覚えただけです。内容とかをしっていたわけでもないので、あまりピンとは来ませんでした。民話の内容が書かれている一画もあります。
 真ん中のちょっと奥まったところが資料館入口でその向こうの建物が資料館です。大きな卯建が目立っています。
上下町 民話資料館

 歴史文化資料館の斜め前にねずみ色のしっくい壁の建物があります。重森本店と書かれています。造り酒屋を営んでいた豪商の建物です。江戸時代に立てられたものです。
上下町 重森本店

 こちらは黒漆喰の建物です。瀬川百貨店と書かれていました。間口の広い妻入りになっています。その分屋根の傾斜が緩くなっています。
上下町 瀬川百貨店

 白漆喰の建物を挟んでお隣です。ネズミ漆喰の建物があります。2棟続きになっています。吉田本店といいます。
上下町 吉田本店

 前で飾られていた人形です。上下人形と書かれています。土人形と書かれていますから素材は粘土でしょうか。このような人形はこの付近一帯で作られているようです。
上下町 上下人形

 斜め向かいにあるのが旧警察署の建物です。明治初期のもので物見櫓のようなものが屋根上につけられています。
上下町 旧警察署

 この先は交差点になります。右手前側にある建物です。KATANAと書かれています。大正か昭和初期のような感じのする建物です。
上下町 建物

 左に進むと橋があります。翁橋です。親柱に灯明台のようなものがあります。昭和初期のものだそうです。
上下町 翁橋

 そのまま進んだ正面角にあるのが翁座です。芝居小屋として使われていたようです。看板には映画実演と書かれています。大正時代に建てられたものです。
上下町 翁座

 ここから引き返します。店先で飾られていた鋤です。黒木式豊年三号と書かれています。ここで作られているもののようです。
上下町 黒木式鋤

 そのまま進んで2つ目の交差点の右向こう側が天領代官所跡になります。古い石垣が残っていると書かれているのですが、それも新しそうです。どれのことなのでしょうか。
上下町 天領代官所跡

続く..............
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posted by ヨッシン at 23:59| 旅行記

2019年09月03日

中国山地復興割 32 10/05 三次市甲奴町品の一の滝

 上下からは三次を目指して走っていきます。そのまま進んで行くと庄原に戻ってしまいます。甲奴別れから吉舎に抜けて北上すると三次です。このルートで進んで行きます。
 甲奴を過ぎ、川を渡って広い谷沿いに進んで尾道自動車道が見えるようになったところで、品の滝と書かれた案内標識ありました。寄っていくことにします。
 標識に従って左折していきます。もうそろそろかなというところで、看板のようなものが見えてきました。近づいてみると、品の滝へのアクセスルートが書かれていました。3つあるようです。一番下流側の品の滝駐車場、一番上流側の甲奴口、真ん中に抜けられる品口です。品の滝駐車場がメインのアクセス路のような気がしたので、こちらから行くことにしました。ここから狭い道を進んでいかないといけないようです。対向車が来ても行き違いできそうなところは所どころにあります。何となく不安ですが、進んで行きます。
 峠を越え谷底の田んぼのある所にでたところで、道が広くなったので一安心です。民家が何軒かかたまってあるところまででたところに駐車場がありました。
 品の滝は3つあって、ここから一番近い一の滝まで400m、次の二の滝までは千m、最上流部の三の滝までは1450mあります。駐車場からは川に沿って登っていきます。そこそこの水量のある川です。
三次市甲奴町品の滝の川

 歩道はしっかりしていて、歩きやすい道です。
三次市甲奴町品の滝遊歩道

 すぐに一の滝に到着です。10mほどの高さの滝です。中段くらいで少し傾斜が変わっています。
三次市甲奴町品の一の滝

 川原に降りる道がありました。そこから見た一の滝です。滝を真正面から見る位置になっています。
三次市甲奴町品の一の滝

 二の滝に向かいます。道は、一の滝を迂回するような形でつけられています。木々の間から見た滝です。
三次市甲奴町品の一の滝

 滝の上に出たところで川に沿って歩くようになります。このあたりからは、道はしっかりと整備されていません。所どころで、岩の上を伝って川を渡らないといけないころがあります。滑りそうな岩もあるので、どこで渡るか慎重に見極めながら、足をかける岩を選んでわたります。
三次市甲奴町品の滝遊歩道

 進んで行くと、橋が架けられているところがあります。ここだけは気にせずに川を渡ることができます。
三次市甲奴町品の滝遊歩道橋

続く..............

posted by ヨッシン at 23:44| 旅行記

2019年09月04日

中国山地復興割 33 10/05 三次市甲奴町品の二の滝、三の滝

 橋のあったところは、真ん中の品口からきた道が合流するところです。この付近は、谷が広く道も歩きやすくなっています。ルートがあわさった効果もあるのでしょう。案内図によると、ここから二の滝まではすぐのようです。
 ちょっと進むと滝のようなものが見えてきました。段差は2−3mくらいで滝にすると傾斜も緩いので、これは二の滝ではないでしょう。もう少し先にも、滝のようなものが見えています。
三次市甲奴町品の二の滝下の滝

 その先の滝です。二の滝のようです。谷底に下りられるところがないので、木々の間から見る感じになっています。木は少なめなので、場所を選べば何とか全景を見ることができます。
三次市甲奴町品の二の滝

 道は滝の上にまわっていきます。滝壺を上からのぞき込む形になっています。結構深そうです。
三次市甲奴町品の二の滝

 滝壺から水が流れ出すところです。このあたりの両岸はかなり切り立っています。
三次市甲奴町品の二の滝

 三の滝に向かいます。所どころに流れの急なところがあります。小さな滝が連続するように水が流れています。
三次市甲奴町品の二の滝三の滝間

 さらに進んで行くと、落差が10mほどの滝が見えてきました。三の滝です。道の川側に木が生い茂っています。滝はしっかりとは見えません。この付近から川に下りて行く道も見当たりません。道の下は高い崖になっています。
三次市甲奴町品の三の滝

 滝がしっかり見えたところのものです。上から見下ろすような形になっています。
三次市甲奴町品の三の滝

続く.............

posted by ヨッシン at 23:47| 旅行記

2019年09月05日

中国山地復興割 34 10/05 三次市甲奴町品の滝から三次へ

 三の滝から先は甲奴口へ抜けます。案内図には鬼が橋というのがあると書かれていました。何となくこの先の道が不安なのと、先に進めばその分戻ってこないといけなくなるので、これ以上先に進むのはやめにします。
 三の滝から少し戻って川と道との段差が小さくなったところに、川の方に下りて行く道がありました。ここから川に下りると、対岸に道が続いています。そこを歩いて行くと三の滝に手前側にでることができました。
 そこから見た三の滝です。いくつかの段があわさって1つの滝となっています。
三次市甲奴町品の三の滝

 そのまま駐車場まで花などを見ながら引き返して行きます。
 生えていたキノコです。かなり特徴があります。これでも名前が特定できません。傘の開きかたで微妙に変わって見えます。ちかいとおもったものはコシロオニタケです。地面近くの膨らみがなんとなく違うようです。
三次市甲奴町品の滝 コシロオニタケ?

 よく見かけた紫色の花です。アキチョウジです。
三次市甲奴町品の滝 アキチョウジ

 細い枝に、赤い小さな花が並んでいます。ミズヒキです。
三次市甲奴町品の滝 ミズヒキ

 赤紫の5枚花びらの花はゲンノショウコです。細長い実がついています。
三次市甲奴町品の滝 ゲンノショウコ

 一番よく見かけたのがシオンです。日当たりのいいところでは、たくさん咲いていました。
三次市甲奴町品の滝 シオン

 川には魚もたくさんいます。たくさん泳いでいるのはカワムツで、下側の岩に乗っているのはカジカのようにみえます。
三次市甲奴町品の滝 カワムツ

 駐車場に戻ったら、再び三次を目指して走っていくことにします。来るときの道は狭かったのですが、こちらの谷に入ってからは広くなりました。このまま進んで行けば、どこかにでられそうです。戻らずに真っ直ぐ行くことにします。
 と出発したもののすぐに通行止めになっていました。並行する道がありますので、そちら側から行くことにします。先ほどの道沿いの山の斜面が大きく崩れているのが見えてきました。この前の雨で崩れたものでしょうか。斜面を登っていくジグザグの道も見えています。無理に作った道路の影響も考えられます。
三次市甲奴町品の滝 崖崩れ

 そのまま下って行くと、通行止めだった道と合流します。これで抜けられ事ができそうになりました。最終的には国道まで広い道のままででることができました。国道を北上していきます。
 大きな集落を2つほどいったところで、大きな鳥居が見えてきました。出雲大社と書かれています。駐車場はこの道沿いにはないようです。どこから入ればいいのかわからないのでスルーする事にしました。
三次市三良坂 出雲大社

続く............


posted by ヨッシン at 23:59| 旅行記

2019年09月06日

中国山地復興割 35 10/05 みよし風土記の丘

 国道を北上していると、みよし風土記の丘を示す案内標識が出てきました。ここも事前チェックした場所に入っています。国道沿いにあると思っていたのですが、今走っている国道ではなかったようです。指示に従って左折します。
 進んで行くともう一度左折の案内があります。曲がった道は狭い道です。指示がありましたのでその通り進んで行きます。丘を登ったところで、国道に出ました。道はここで行き止まりです。どちらかに曲がらないといけません。狭い道を選んだ以上、右側にはなさそうです。左折します。
 曲がったのはいいものの、工場の前を過ぎると、道の両脇には林以外何もありません。だんだん不安になってきます。我慢して進んで行くと入口の標識が見えてきました。これで一安心です。
 入口から入ってすぐに左側に駐車場が見えてきました。ここに車を入れます。車から降りて、横に円墳が見えます。宮ノ本24号墳だそうです。ここに移設復元されています。
みよし風土記の丘 宮ノ本24号墳

 もう一つ目立つのが、埴輪がたくさん並べられている広場です。埴輪の展示場のようです。
みよし風土記の丘 埴輪広場

 円墳の横には、石室が置かれています。
みよし風土記の丘 古墳石室

 こちらは、石棺の蓋です。宮ノ本24号墳と書かれています。円墳と同じの古墳のものです。先ほどの石室もこれで蓋されていたものでしょう。
みよし風土記の丘 古墳石棺の蓋

 どうもここはレストランの駐車場のようで、風土記の丘の駐車場はまだ先にあるようです。車を移動させます。
 奥の駐車場に到着です。ここには、昔の屋形船が置かれています。つい最近まで使われていた、鵜飼い屋形船だそうです。
みよし風土記の丘 屋形船

 ここからあがっていったところに、県立歴史民俗資料館があります。中に入っても頭がパンクするだけになってしまいそうです。入口で周辺の案内書がないか聞いたら、1枚もらうことができました。これを見ながらみて歩くことにします。
 博物館の横の道を進んでいくと、道の脇に石棺がいくつか並べられています。そのうちの1つです。酒屋高塚古墳の竪穴式石室と書かれていました。
みよし風土記の丘 酒屋高塚古墳の竪穴式石室

 古い民家もあります。旧真野家住宅です。江戸時代に建てられたと書かれています。
みよし風土記の丘 旧真野家住宅

 この付近は、博物館の野外展示場のようになっています。
続く...........


posted by ヨッシン at 23:59| 旅行記

2019年09月07日

クレジットカード代金の引落

 台風が接近してきています。熱気を運んできているようで、気温が高くなっています。今日も東風が強く、室内の風通しも悪くなっています。玄関の戸も開けて何とか風がぬけるようにしました。
 昨日、車検に出した車ができあがったと連絡がありました。夕食の時間だったので、そのまま取りにいくことができませんでした。今朝受け取りにいきました。整備ヵ所の説明とかを受けた後、支払いしようとクレジットカードを提出しました。店の人が言うには、読み取りできなくなっているとのことです。状況を確認して欲しいということですが、携帯電話は持ち歩いていません。店の電話を借りてきくことができました。
 話を聞いてみると、銀行口座からの引落しが27日にできなかったからということです。先月末に使っていますが、この時は使用できました。引き落としができなくなったのは3日からだそうです。
 現在、口座変更の手続き中です。いったん提出した書類の口座の記入内容に誤りがあって、該当する口座がないということで返送されてきています。この書類を会社が発送したのが26日で、銀行口座の引落としはその翌日です。普通に考えれば、26日時点までに口座がないことが確認されているはずです。口座の確認ができてから、新しい口座から引き落とすのが手続き上の順番のような気がします。当然古い口座から引き落とされる思っていたのですが、そうではなかったようです。
 カード会社としては、口座変更の申請があると、することは2つあります。銀行に問い合わせて口座引き落としのお願いをすること、引き落とす口座の変更を行うことです。普通は、申請の書類が間違っていたりすることがありますから、どこから引き落とすかの変更は後にするのが常識でしょう。
 このあたりは、手続きの順番としての問題と考えます。一応抗議はしましたが、店の電話を借りている以上あまり長くはできません。検討してもらえるように、関係部署に伝えてくれるようにお願いして終わりにしました。
 結局支払いは、銀行に行って預金を下ろしてきてから店に戻ってすませました。ついでに、クレジット会社に払い込む分も下ろしています。これは、振込用紙が今日届いていた(昨晩かも)ので、それを使って支払うことになります。コンビニでできるのでそこですませました。今月支払い分は、クレジットカーを使わなかったとしても振り込みをしないといけない分だったので、手数料は変わらなかったことになります。カード会社の引き落としができていればそれも払わなくて済んだという利点はあります。
 口座の訂正の書類は用事があって確認できたのは今月に入ってからです。先月中に返送されていれば、今月の引き落としから訂正された口座になっていたのですが、月をまたいだので来月からということになります。今月引き落とし分も、振込用紙から振り込まないといけないことになります。
 クレジットカードを使いたいということもあって、いつからつかえるようになるのかという確認の電話もしてみました。これは比較的速いようです。来週の初めには何とかなっていそうです。次の振込の書類が届く時期も確認しました。月末には来るようです。振込が来月になれば手数料の消費税分が高くなります。


posted by ヨッシン at 23:59| 雑記

2019年09月09日

中国山地復興割 36 10/05 みよし風土記の丘七つ塚古墳群東群

 古民家の復元されていた場所より奥は、古墳の密集している区域です。大きく2地域に分布していて、手前側が七つ塚古墳群、奥の方が浄楽寺古墳群といいます。七つ塚古墳群は、東側に少し離れたところにもあってここを七つ塚古墳群東群といいます。
 東群へは、ぐるっと回っている道から別れたまっすぐ進んだ道の先にあります。本群の中心部は帰りにも通ることになりますので、東群から見ていくことにします。
 東群に抜ける林の間の道を下っていきます。林の切れ目の先に、見慣れないものが見えてきました。埴輪か何かが置かれているのかと思いながらよく見ると、野生のシカでした。動かずにこちらを見ていたのでは何かの像のように見えていました。
みよし風土記の丘七つ塚古墳群 鹿

 シカはすぐにどこかに行ってしまいました。シカのいた向こう側に小さな丘が見えてきました。七つ塚古墳40号墳です。円墳で、二段になっているとと説明には書かれています。
みよし風土記の丘七つ塚古墳40号墳

 奥の方に進んで行くと、頂部に石が載っている古墳がありました。土が流れて石室がむき出しになっているようです。石室も崩れているようです。
みよし風土記の丘七つ塚古墳 石室

 東群はほとんどが円墳でした。2m位の高さのものが多いようです。これは、41号墳です。
みよし風土記の丘七つ塚古墳 41号墳

 東群を後にして道に沿って丘の上へと上がっていきます。後に40号墳が見えています。東群は、丘の高いところではなく、一段低くなっているところにあるのがよくわかります。
みよし風土記の丘七つ塚古墳東群

 丘の上にはたくさんの古墳がかたまってあります。手前右側のものは37号墳と書かれています。奥にも2つほど見えています。
みよし風土記の丘七つ塚古墳37号墳

 丘に上がりきったところです。本群を周回する道路に出ました。1mから2m位の高さの古墳がたくさん見えています。
みよし風土記の丘七つ塚古墳本群

続く..........


posted by ヨッシン at 23:57| 旅行記

2019年09月10日

中国山地復興割 37 10/05 みよし風土記の丘 七つ塚古墳群から浄楽寺古墳群

 七つ塚古墳群の本群は丘の上にかなり密集してたくさん作られています。その中で一番高いところにあるのが、15号墳です。直径が30m、高さが3mほどの円墳です。七つ塚古墳群の中では一番いい場所を占めているので、かなり早い時期に作られてものと考えられているようです。
みよし風土記の丘 七つ塚古墳群15号墳

 周辺にもたくさんの古墳があります。14号、31号、23号と書かれています。番号の降り方の規則性がわかりません。
みよし風土記の丘 七つ塚古墳群

 15号古墳をぐるっと回って見えてきたのが11号古墳です。ホタテ貝型古墳です。円墳に方形の張り出し部があります。方墳部の小さいものという解釈もます。手前側が張り出し部です。長さは全部で30mほどです。
みよし風土記の丘 七つ塚11号古墳

 15号古墳を反時計回りに遠巻きにするような感じで、道に沿って進んでいきます。11号古墳の隣に見えてきたのが10号古墳です。これもホタテ貝型古墳です。
みよし風土記の丘 七つ塚10号古墳

 その隣が9号古墳です。前方後円墳になっています。手前側は方墳部でホタテ貝型に比べてだいぶ大きいのがわかります。これも全長が30mほどあります。
みよし風土記の丘 七つ塚9号古墳

 ここから道は七つ塚古墳群から離れて尾根を下って行きます。道沿いのモミジが色づき始めていました。このあたりのものだけ少し早いようです。
みよし風土記の丘 モミジ

 道は鞍部を過ぎて、少し登りにかかります。そこから左側に伸びる尾根の上100mほどの間にも古墳がいくつか並んでいます。浄楽寺古墳西群になります。小さなものが多いようです。
みよし風土記の丘 浄楽寺古墳西群

続く.........


posted by ヨッシン at 23:42| 旅行記

2019年09月11日

にわか雨と雷

 今日の昼過ぎ、いきなり曇ってきて、雷の音が鳴り出しました。時々周囲が明るくなるので、近くで落雷があるようです。みていると、北側の空でかなり頻繁に落ちているのが見えます。かなり近くで落ちたものもあり、建物が震えているような感じの音もしました。パソコンを使っていました。誘導電流によって壊れると困ります。必要なデータは保存して電源を切りました。プラグを抜いた方がいいのですがそこまでしませんでした。
 北の空に向けて写真を撮ってみました。ND400とND8の2枚のフィルターを重ねて13秒と長めの露出にします。15秒インターバルで50枚ほど写しました。写し始めるまでだいぶもたもたしたので、雷雲はだいぶ分散していました。雷増えたのですが、ねらった場所では少なめでした。結局1枚だけ写っていました。かなり明るかったのですが、長時間露出できるように暗くしていたのでそれほどはっきりとは写っていませんでした。
落雷

 写真を写し始めた頃から雨が激しくなってきました。完全に土砂降り状態です。方角によっては、100m先も見えない状態になっています。消防車の動きも活発になってきました。落ちたところに火がついたのでしょうか。非常ベルが鳴り続けているところもありました。
 雨は30分ほどでやみました。時間的には早いようですが、夕立のような降り方でした。
 昨日も、にわか雨とまでとはいかなかったのですが、大粒の雨が降りました。雷の音も聞こえていました。東京湾を台風が進んで、関東で大きな被害が出ていました。台風が来れば落ち着くと思っていました。異常の原因はと見ると東シナ海を熱帯低気圧が北上していました。これで、暖かい湿った空気が運ばれてきたのが原因でしょう。
 雨のおかげで、今日はそれほど暑くならなかったのは、不幸中の幸いでした。
posted by ヨッシン at 23:57| 日記

2019年09月12日

中国山地復興割 38 10/05 みよし風土記の丘 浄楽寺古墳群・復元古代住居

 道路から見て浄楽寺西群のある尾根と反対側の少し先にも、古墳がたくさんあります。ここからが浄楽寺古墳群の本群になるようです。続けて写真をたくさん撮ったので、どこまでが西群で、どこからがそうでないのかがわからなくなっています。
 記憶では、西群は小さなものが多かったので、ほとんど深入りをしていないことになっています。写真の撮影時刻、GPSロガーの記録からしても、記憶が正しいようです。
 浄楽寺古墳69号70号71号(右端の木の向こう)75号?と書かれています。このあたりは、1m程度の高さの古墳が多いようです。本群といってもメインの場所より、西群に近い位置にあります。
三次市 浄楽寺古墳群

 道路沿い右側にある浄楽寺61号墳です。形は方墳です。石棺とその中から人骨鉄製品などが見つかっているようです。5世紀のものだそうです。
三次市 浄楽寺古墳61号墳

 道沿いには小さな古墳が並んでいます。浄楽寺53号墳です。
三次市 浄楽寺古墳53号墳

 道路が交差する斜め前にあるのが、浄楽寺1号墳です。ホタテ貝型古墳です。方形の突出部は、手前側にあるようです。
三次市 浄楽寺古墳1号墳

 浄楽寺37号墳です。高さ4mの円墳です。頂部からは石棺が見つかっているそうです。
三次市 浄楽寺古墳37号墳

 浄楽寺12号墳です。ここの古墳群では一番大きく直径45m高さ6mの円墳です。埴輪とか遺物とかがたくさん見つかっているようです。
三次市 浄楽寺古墳12号墳

 ここが一番奥になります。引き返していきます。七つ塚古墳群を過ぎて、資料館に近づいてくると、復元古代建物が見えてきました。古墳時代のものを、埴輪や遺跡などを参考に復元したものです。3棟あります。
 たて穴住居です。縄文時代のものからあまり変わっていないようです。
三次市 風土記の丘復元たて穴住居

 高床倉庫と右奥が平地住居です。平地住居は有力者のものでしたが、古墳時代の終わり頃には、一般の人も使うようになってきたそうです。
三次市 風土記の丘復元高床倉庫

 駐車場に戻りました。だいぶ遅くなりました。このまま、地道で行くと夕食時間には間に合わないでしょう。といって高速道路で行くと早く着きそうです。高速道路(中国道)沿いの道を何かないかと探しながら走って、適当な時間になったら高速道路に入ることにします。
 みよし風土記の丘入口前の国道を、北に向かって走っていきます。三次ICの前では市街の方に向かわずに中国道沿いに真っ直ぐ行きます。
 江の川に出たところで、国道54号線に出ました。広島の方に向かって走っていったのですが、安芸高田に近づいた時に、中国道から離れているのに気がつきました。IC方向と書かれていた案内のあったところまで戻り、その案内に従って進み、中国道沿いの道にに出ます。その後は、一度交差点を早く曲がってしまった以外は順調に進んでいきます。
 途中何も寄れそうなところはなく、時間切れで千代田ICから中国道に入りました。ちょっと遅くなりそうだったので、安佐SAで宿に到着予定時刻というより現在地を連絡しておきます。一応カーナビにも行き先を登録して、案内をしてもらうことにします。といっても、カーナビの地図に宿の位置を見つけることはできません。だいたいの位置にチェックをいれておきます。
 戸河内ICで下りて道をまっすぐ進み、宿のある深入山の方に向かいます。このあたりからだんだん暗くなってきます。宿近くについた頃には真っ暗です。雲が厚くなっている分暗くなるのも早いようです。カーナビは目的周辺を知らせてくれました。宿入り口の案内は見つけていません。まっすぐ進むと、三段峡入口の案内が見えてきました。ここまで来ると来すぎです。引き返します。カーナビが案内したあたりまで戻ってくると、宿の入口を示す大きな看板がありました。こんなはっきりとした目印を見落とすのはどうかしています。何かに気をとられていたからでしょうか。
 とにかく無事に宿に到着しました。
続く........


posted by ヨッシン at 23:59| 旅行記

2019年09月13日

中国山地復興割 39 10/06 安芸太田町三段峡へ

 台風がだいぶ接近してきています。状況が気になります。わかっている範囲では、出発前の予想通りのコースと速度で進んでいるということです。宿に到着した時点での位置は屋久島の西方約400kmの海上を北に30km/hほどで進んでいるということです。このまま北上を続け、夜半過ぎから向きを北東に変え、6日朝に朝鮮半島南部から日本海に抜けて進みそうです。強風圏内に入るのは晩遅くから、最接近は昼過ぎになりそうです。
 夜が明けたときの空です。厚い雲が垂れ込めています。雨もパラパラと降っています。風も強めです。状況がよければ深入山に登ってみようかとも思っていたのですが、無理なようです。やめにしました。
安芸太田町 深入山朝の天気

 食事までは、温泉に入って時間をつぶします。セラミック温泉といって特殊なセラミックで殺菌除菌ができているそうです。そのしくみについては、全く理解できません。
 食事をすませます。温泉に入っているときなどもそうでしたが、他の宿泊客の姿を見ません。みなさんは台風の影響でキャンセルしたのでしょうか。
 宿のロビーには珪化木が置かれていました。北海道名寄市出土のものだそうです。
安芸太田町 深入山名寄の珪化木

 会計をすませて出発します。当然、宿泊証明も書いてもらいます。
 これからどうするかです。台風は西側を通過しています。西に行くのは危険です。最接近が昼過ぎになりそうなので、午前中ならぎりぎりどこかに寄れるかも知れません。ようすを見ながら行くことにします。とりあえず三段峡を目指します。昨晩見た入口からではなく、山を下ったところから入っていきます。
 宿前から広い道路に出て山を下り始めたところで、道脇に小さな祠のようなものがあり、横に石碑もあります。見ると深命水と書かれています。名泉のようです。
安芸太田町 深入山深命水

 山を下って行きます。時々強い風が吹きつけている音が聞こえてきます。これだと歩くのは無理かなと思ったりもします。三段峡の入口にいってみました。閑散としています。駐車場は有料なのですが、誰もいません。風のこともあったので、ここは次回ということにしようと考えました。さらに、山を下りて行きます。
 戸河内ICの前に道の駅と産直広場があります。野菜などを買って帰ろうとよっていきます。ここでは、風はほとんど吹いていません。これなら三段峡は歩けそうな気がしてきました。駐車場でも、風はそれほどという状態ではありませんでした。三段峡に引き返して、昼前には戻ってくるように歩くことに方針変更です。駐車場は係員がきたら支払うことにします。
 三段峡駐車場に戻って歩き始めます。雨はわずかに降っていますが、傘がなくてもという程度です。念のために持っていくのと、強くなったときのために合羽も用意しておきます。
 遊歩道を歩いて行きます。最初に橋を渡ります。そこから見た三段峡入口です。このあたりは長淵という流れの緩やかなところが続いているそうです。
安芸太田町 三段峡入口

 遊歩道の横に大きな岩がせり出しています。渓谷っぽくなってきました。何とか返しの岩とか名前がありそうですが、書かれているものを見つけることはできませんでした。
安芸太田町 三段峡入口の岩

 遊歩道は林の中を通ります。長淵の、木々の間からやっと見えています。
安芸太田町 三段峡 長淵

 流れが速くなって、白い泡が目立つようになっています。寺が瀬という場所ですが、かろうじて瀬というのがわかる程度です。
安芸太田町 三段峡 寺が瀬

 このまま林の中を歩いて行くのでしょうか。頭の中には、芦津渓谷のことがよみがえってきました。
続く.......


posted by ヨッシン at 23:59| 旅行記

2019年09月14日

中国山地復興割 40 10/06 安芸太田町 三段峡 姉妹滝

 遊歩道が林の中を通っていたのは、寺が瀬を過ぎるまでの間だけでした。次第に川との間にある木が少なくなってきて、渓流が見えるようになってきます。深そうな淵が見えています。その先には、滝が見えてきました。姉妹滝です。対岸にあります。2本の流れが並んでいる事から名前がつけられたようです。支流が本流に流れ込むところにできています。
 正面から見た姉妹滝です。
安芸太田町 三段峡 姉妹滝

 遊歩道の山側の斜面は、斜めに真っ平らになっています。花こう岩に入った節理の面が斜めになっていて、その面から上の岩が崩れ落ちて、このようなったと考えられます。
安芸太田町 三段峡道沿いの岩

 姉妹滝のすぐ上流の側です。岩の間の狭いすきまを流れています。龍ノ口というそうです。遊歩道からは、すぐ下なのでこの程度にしか見えません。左側に姉妹滝の一部が見えています。
安芸太田町 三段峡道龍ノ口

 龍ノ口をたどっていくと、小さな滝があります。このような滝が岩を深く削り込んでいったのでしょう。
安芸太田町 三段峡道龍ノ口

 上流側から見た龍ノ口です。流路の深さがよくわかります。
安芸太田町 三段峡道龍ノ口

 さらにその上流です。深い溝に滝が落ち込んでいます。その先の水路の曲がりくねり具合が龍に見えることから、その先の水の吐き出し口が龍ノ口と名付けられたそうです。
安芸太田町 三段峡道龍ノ口

 龍ノ口の上流側にも、淵があります。水の色は緑青で、昨晩の雨のわりにはきれいに澄んでいます。花こう岩地帯の水の色です。このあたりも滝の侵食によって深くえぐられてできたものなのでしょう。川底の岩盤は固そうです。
安芸太田町 三段峡道龍ノ口上流の淵

続く......


posted by ヨッシン at 23:57| 旅行記

2019年09月15日

中国山地復興割 41 10/06 安芸太田町 三段峡 庄兵衛岩

 このあたりで、欧米から来たと思われる人達に追いつきました。しゃべっていた言葉はドイツ語のようにも聞こえました。一番最後にいる人は、道に落ちた枯れ枝を見つけると、拾っては川の方に捨てるという事をしています。お国ではこれがマナーなのでしょうか。台風の影響でこれからたくさん落ちてきそうだし、川に捨てたところで、たまって川を汚す元になります。と考えたりしますが、捨てた方がいいのでしょうか。
 このあたりの遊歩道です。1mちょっとの幅の歩きやすい道です。落ち葉はだいぶたまっています。落ちている枯れ枝を見るのは、まだほんのわずかです。
安芸太田町 三段峡 遊歩道

 このあたりは、川にはったくさんの岩が見られるようになっています。底も浅くなって、瀬が続いています。
安芸太田町 三段峡 川

 正面の山の斜面に、大きな岩が見えます。五立というようです。岩は全部で五つあるそうです。木とか山の斜面に隠されてそこまでは確認できませんでした。
安芸太田町 三段峡 五立

 遊歩道側の斜面を水が滝のようになって落ちています。赤滝といいます。流れ落ちる岩の色が赤い事から名付けられています。岩が赤いのは、表面に珪藻がたくさんこびり付いているからだそうです。これだけ赤くなる珪藻は始めて見ました。
安芸太田町 三段峡 赤滝

 川の真ん中に三角形の岩が見えます。兜石といいます。姿は一目でそれとわかるそうです。
安芸太田町 三段峡 兜岩

 五立に近づいてきました。五立そのものは枝谷の奥にあるので見えないのですが。一番本流沿いにある岩が道の行く手を阻んでいます。道はこの先で岩を掘り抜いたトンネルでぬけていきます。トンネル入口が木の葉の向こうに見えています。この岩は庄兵衛岩といいます。このあたりの本流は瀬になっています。
安芸太田町 三段峡 庄兵衛岩

 トンネル入口から上を見上げたものです。庄兵衛岩は大きくて全体が入り切りません。
安芸太田町 三段峡 庄兵衛岩

 通りぬけた反対側から見たトンネルです。素掘りで、岩肌がむき出しになっています。
安芸太田町 三段峡 庄兵衛岩のトンネル

続く.....


posted by ヨッシン at 23:57| 旅行記

2019年09月16日

月下美人が咲きました。

 9月1日の記事で月下美人につぼみのようなものができていると書きました。その後、だんだん大きくなってきてつぼみだとわかるようになってきました。つぼみは9個できていました。3は赤くなってしおれてきました。これは枯れたようです。残った6個は順調に大きくなっていきました。
 ここ2−3日には大きくなっていて、かなり膨らんできました。今日になってつぼみの先を見ると、白い花びらのようなものが見えてきました。そろそろ咲きそうな気配です。3時頃のようすです。
月下美人

 そろそろ咲きそうということで、玄関前に移動させました。1本だけ伸びた枝がいろいろなところに引っかかって動かすのに苦労しました。そのうちボキッという何かが折れるような音がしました。見た上ではどこなのかはっきりしません。大事なところでないといいのですが。枝も大きく揺れるようななって動かしにくくなっています。
 結局、台車を持ち出して、そこに載せて運ぶことにしました。これだと敷居にぶつかる心配がないし、まわりにぶつからないかといったことよく見えます。揺れも押さえることができます。
 玄関前においた月下美人です。6個目の花は葉に隠れて見えにくいところにあります。6時のものですが、3時のものとあまり変化はありません。
月下美人

 8時過ぎになってやっとつぼみの先が開いてきました。
月下美人

 本格的に咲いたといえるのは9時を過ぎてからです。
月下美人

 月も出てきましたので、花と一緒にはいるように写してみました。中秋の名月や満月でないのが残念です。といっても月はぼけているので違いはよくわかりません。
月下美人と月

 10時過ぎです。9時過ぎのものよりちょっとだけ開きは大きくなっています。
月下美人

 全体のようすです
月下美人

 11時過ぎのものです。10時過ぎとあまり変わらずといったところでしょう。
月下美人

 今回は、6個一斉に咲きました。今年2回目です。よく見ると別の葉っぱ(?)に小さなつぼみができています。今のところ4つほど見つけました。これもだいたい同じ大きさです。一斉に咲きそうです。3週間ほど後になります。月下美人はこのように一度に花をつけて一晩で枯れてなくなるという咲き方をするものなのでしょうか。

posted by ヨッシン at 23:59| 日記